氣志團万博行ってきました!
氣志團万博行ってきました!
雨が降ったり止んだりでしたが、寒くも暑くもなく過ごしやすかったように思いました。
自己責任の傘置き場にメガネ拭きを目印に縛り付けて置いた傘が無くなってた事は残念だったけど、まぁ自己責任だから文句は言わない(言ってる)ですけどねー。
それにしても、このフェスのお客さんってロックバンドの括りがないから老若男女ものすごい幅広くて、家族連れなんかも結構みえて雰囲気とかすごくいいと思いましたよ。
kazueちゃん、CHIKAKOさん、おりんさん、出演アーティストに詳しくて「着いていきまーす!」状態だった私。
こんな機会が無ければ知らずに終わってしまうバンドを知るチャンスでもあるフェス、ドラゴンアッシュのMCで「このフェスは色んな種類のアーティストが出る。普段なら耳にしないアイドルやバンドも沢山出会うだろう。お前達はアーティストに感謝なんてしなくていい、俺達は好きで出てるんだから。ただ、こんな色んな音楽に出会わせてくれる氣志團万博を主催してくれる氣志團にありがとうと感謝してほしい。」(こんな感じだったと思う)
と聞いた時、それがフェスだよね。かっこいい音や可愛い音や色んなジャンルを聴いて心豊かにしてもらえるチャンスなんだよね!と、そのMCの素晴らしさに心震えました。
HYDEさんがいつも「よくHYDEさん、ありがとうございます。幸せです。感謝してます。って言ってくれるけど感謝してるのはこっちだから!」って言ってたのにも被ったりして、氣志團さんはそんなことを言ってくれるアーティストや、そこに集うファン達にやっぱり感謝してるのだろうと思いました。
さて。
そんな色んな種類の音楽に触れましたが、前々から一度参戦したいと思ってたMUCCが初出演と聞いて驚きました。フェス慣れしてるし、堂々としてるし面白かった。こんなカラーのバンドだったっけ???
それから、数々のバンドを2ステージを行ったり来たりしてたんですがどのバンドの時もサークルモッシュがガンガン出来て、走り回りたい人と避けたい人の垣根が存在しすごく楽しかったです。私は見てるだけの人でしたが、転んでようがぶつかってようが皆満面の笑顔だったからでしょうね。おりんさんとkazueちゃんは参加組、汗だくで帰ってきて「楽しかったー!」と聞く度に嬉しかったです。
そう言えばマキシマム ザ ホルモンの時前にいた若い男の子とその連れの女の子2人、ノリノリで楽曲に合わせたフリも完璧でメチャ面白かったです。CHIKAKOさんと2人で呆気に取られました。
そしてそして、いよいよ僕らのVAMPSですよー。
まー、見事なパフォーマンス。音圧。声量。
サマソニでも思ったし氣志團VSでも思ったし、ライブモンスターでも思ったけど、威風堂々!若々しさの荒削り感これっぽっちも無く、研ぎ澄まされて無駄のない正しく圧巻のステージでした。
後ろで見てた男の人が「すげー!すげー!」ってすげー!しか言わなかったのが理解できる、徹頭徹尾ステージパフォーマンスから、ルックスに至るまで何から何まで素晴らしいと感動できるライブでした。
前髪が出来るといきなり少年のようになってしまうHYDEさん、最強です。この感じはムーンチャイルドのオフ写真の再来!?って思いました。
CHIKAKOさんが帰り道「あんなに成長してるって驚きました。」って言ってくれたのも嬉しかったなー。ほんと、いくつになっても成長できるって素晴らしい!! 
来年もタイミングが合えば来たいとおもいました。VAMPSは皆勤賞だもんね!
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サマソニ行ってきました。
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サマソニ行ってきました。

こう言った大掛かりなフェスには初参戦だったので、色々ドキドキしてました。
kazueちゃんが行くと言ってくれたので、絶対迷惑かけないように付いて行く!って誓ったはずだったのに、結局はマンウィズとベビメタを諦めさせてしまった罪悪感が。。。。申し訳ない。
帰りの東京駅構内の長距離を歩かねばならないと思った時点で、rainbowステージからマリンスタジアムに歩くのは辛いーと思ってしまったの。(そのくらいシャトルバスの列がすごかった)

VAMPSありきのただのブラサカの参戦なので、もしかしたら想定内だったかもしれないけど、今度こんな機会があったらちゃんと1人で待ってるから行ってきてー!って言えるくらいにはなっていようと心に誓いました。

何であれVAMPSが出なかったら行きたいと思わなかったフェスなので何がなくても彼らだけは元気な状態で見たかった。(年寄りってこれだから。。。。(・д・)チッって自分でも思ったわ)

朝のうちは元気だったからビーチまで行ってかき氷食べながらビーチステージ見てたりする余裕があったのよ。
その後スタジアムでトップバッターのTHE STRUSTSを見たのですが、心浮き立ちました。メロディラインもテンポもギターもドラムまでもが青春のハードロック!!って感じだったんです。
ボーカルがフレディ・マーキュリーを彷彿させてて、なんか感動してしまった。時々スクリーンに抜かれるファンが結構私と近い年齢層な感じがしたのはこの辺りのサウンドに郷愁感じてしまうからなのかと、勝手に納得してしまいました。

HYDEさんが青春時代に聴いた質の良い音楽は基本になる的な事言ってたけど正しくそんな感じで。

あとは無知な私をkazueちゃんがリードしてくれていくつかのバンド見てきました。
今の若いロックってこういう方向なんだなーって氣志團との関ヶ原ではHYDEチョイスでバラエティに富んでて感じなかった流れを感じたかな。。。

VAMPSについては、クリープハイプのファンがごっそり抜けて最前バー5列くらいに固まってるファン以外空き空きになっててビビりました。大丈夫か!?VAMPS!!って。
始まる頃にはあらかた集客されていたのでほっとしましたが、HYDEさんのMCになるほどなーとも思いました。

クリープハイプのMCが、「この会場を一杯にできなかったのが悔しい」って、凄く苦いものを経験した若々しさに伺える途上の精神だったとしたら(若くて情熱的で頑張れ!って思ったな)HYDEさんのMCは
「よくFOO FIGHTERSに行かなかったね。僕ならあっち行ってますけど。ありがとうございます。」
って、ここにいるファンや初見のリスナーに対する照れ隠しと、それでもこちらを選んでくれたフロアへの感謝だったってことです。

ほかの会場とのアーティストの兼ね合いで、この時間じゃなければこちらに来てるだろう人たちも沢山いたはずなので。
伊達に経験積んでないなぁ。これ位のアウェイ感は返って熱量上げられるアイテムになるのかしら。。。
なんて思って見てたんですが、正しく!
このツアー、本当に声が凄いんですがここでもそれは発揮されてました。しかも戦う気迫が素晴らしくこの環境であるからこその鬼気迫る部分も見え隠れ。
このステージの規模だからトリの立場だったのだろうし、曲数もフェスなのにこんなにやってくれてありがとう!でした。

ただ、サマソニ!と叫ばれた時、頼む、サマソニはこのフェスの名前であって集うファンのことではないよー。
何なら「幕張ー!」「レインボーステージ!!」で答えたらよかったと
「君たちのことなんて呼べばいいの?」
とMCでHYDEに聞かれた時のこちらの答えの失敗感を「サマソニ!」と連呼される度に感じたのは私だけでしょうか?

ごめん、HYDEちゃん。。。

いや、とにかく隅々のファンを視野に入れてのステージングはいつ見ても素晴らしいし、音圧も凄くて満足しました。
フェスは戦い。どれだけのリスナーを引き込めるかがアーティストの力量だし魅力だよね。

次は氣志團万博!
この調子でアンダーワールドを堪能したい!と心から思うせいらでした。




笑顔の君に会いたくて何か言ってほしい想いの二人 ~VJS感想
最後まで出演の発表がなくて、フライング的に漏れた情報にぐらぐらした15日のちょっと前。
(既にチケットはソールドアウトでしたしね)
ライブビューイングの会場すら遠くて、WOWOWのオンデマンドの発表のおかげで何とか心落ち着いたせいらですよ。こんばんは。

恐ろしいことにタイムテーブルみて小躍りした矢先、ちょっと待て!その時間、二ヶ月も前から女子会の約束してたじゃないか!!!と思い出すとか年は取りたくないわね。トホホ。。。。
WOWOWの契約すら間違って登録したりでカスタマーセンターのお姉さんに泣きついたり「せいらさんらしい」顛末はツイッターで報告した通りでございます。

すったもんだのあげく、女子会には30分遅れると連絡を入れ、旦那のお呼びもシュウトメの連呼もスルーしてオンデマンド放送にしがみつきましたよ。

結果。

もうやるせないやら、嬉しいやら、感激やら、苦しいやら。。。。鳥肌でした

とにかくピアノ一台中央に運ぶのにどれだけ時間かかってるの~そこで調律してるの???位待ちましたよね。
会場のアナウンスが場所を詰めてほしい的なニュアンスだったことに納得しました。
、現地にいる明らかにHYDE目当てじゃなかったはずの人たちもこのユニットは見ておきたい思いをもたせられる魅力的な組み合わせだったって事なのでしょう。。
ようやく暗転した舞台袖から、白い人と黒い人が肩を並べて現れたときの会場の歓声とどよめきがそんな思いを伝えてきました。
オーディエンスが落ち着くまでの所要時間だったんでしょうね。
これから始まる、厳かで上質な二曲のために。

白い王子様みたいなYOSHIKIさんがスケルトンのグランドピアノに向かい、少しはにかんだ黒いお姫様みたいに美しいhydeさんが傍らに立っている、ありそうでなかった不思議な構図。
これは昔、夜のヒットスタジオで坂本龍一がピアノで戦場のメリークリスマスを演奏したとき、優しいまなざしで彼を見つめるデヴィッド・ボウイの慈愛に満ちた表情ととてもよく似ていると思ったのでした。
ただ、今回は優しく見守っているように思えたのはYOSHIKIさんの方。

YOSHIKIさんの長いピアニストの指から奏でられた一音にどっとこみ上げるものがありました。
「MY HEART DRAWS A DOREAM」この歌にどれだけ助けられてきたか計り知れないので。
「夢をえがくよ」とみんなと声を合わせるとき、そこには輝く未来があるような、ものすごく前向きな気持ちにさせてもらえるすばらしい楽曲だと信じているから。
でも、それはこのメロディラインが、飛翔するように明るくて柔らかくて、hydeさんのまろやかな音域と合っているものだからであって、歌詞を追っていくとそんな甘さが無いことにも気付くのです。
「君が笑顔でいられるように」諦めずに二人で息を合わせて飛び立とうと誘うのに、それは現実にはそうはいかないから
あれほど夢を描いても、それは彼の描く君に対する希望であって結局は笑顔の君に会えないかもしれない迷いの中「笑顔のままのきみに会えると良いな」で〆められてしまうわけです。
hydeさんの歌詞はどんなに明るくて前向きな旋律でも油断は出来ません。
希望に満ちているはずなのにどこかチクっと針で刺すような痛みを伴います。
HONEYしかり、SNOW DROPしかり。
なので、ラルクではそんな歌い方しないよね?っていうちょっとした叫びに似たフレーズがあったことに驚きました。
この楽曲の何かを希求している様が感じ取れたので。

そしてそれよりさらに痛みをもつ楽曲が「Say Anything」
正直この曲がヒットしていた頃、私は子育てに追われていて、音楽シーンはほとんど身近ではなかったので、初聴きだったのです。
だからToshiさんの歌うオリジナルは存じ上げませんが。
hydeが身も世もない思いの丈を込めたように歌うその迫力と、激情に圧倒されてしまいました。
hydeさんより歌唱力のあるシンガーは結構な人数でいるのかもしれない。
けれどhydeさんほど歌の世界を鮮明に浮かび上がらせることのできるボーカリストはそんなにいない。
美しくて、切なくて、押し引きを技術と表現力と、それこそ楽曲に対する理解を相当深めて臨んだのに違いないと思わせてくれたのです。

心通い合っていた二人が、どこかでその想いが食い違い遠く遠く離れてしまった。
何か言って。
何でも良いから、想いを語って。
何でも言って。

これは、私が次女に言い続けた言葉。
諍いがあると黙ってしまう。
黙って閉じこもってしまって、そのからから出てこようとしない。
何か言ってくれなくちゃ、どこから思い違いをほどいていけば良いのかわからないじゃないの。
とにかくしゃべってほしい。誤解を誤解のままで切り捨てないで。
どんなにこちらが歩み寄っても受け入れないその頑なな頑固さに、焦りと怒りと悲しみと、とにかく複雑な感情が入り乱れた難しい頃でした。

繰り返しあいてに求めてもそれは叶わず、既に切り捨てられているかもしれない不安や、多分両肩をつかんで揺すぶって問いただしたいような憤りもそこには存在しているようで、やはり最後はハッピーでない終わり方でした。

語り部のようにその世界をまざまざと見せつけるような二人のコラボ。
この二曲のチョイスはこの組立方からしてちょっと格式の高い空間だったように思えました。
高みに登っている人たちだからこその孤独なんかも感じて、私が日々感じている小さな絶望もこの楽曲の中の「彼」のように救いのないものでもないように思えてくるから笑えます。

YOSHIKIさんの心配りや、後輩の位置にちゃんととどまって「であります」とか言っちゃうhydeさんにちょっとにやにやしちゃう途中MCもあったりして、WOWOWさん、この二人の2曲は割愛しないでくださいね!!!2曲しかないんですから大丈夫ですよね!!!

と拳をにぎった私です。

長々失礼しました。





想いが形を作るのかな ~旦那の病と母の死とビスパに行った話~ @2015
   これはもうずっと前に保存してた日記。
恐ろしいほどタイムラグがあるので、随分前の亡霊のようなものですがここで完結させたくて投稿します。



VAMPSオーラスも終わり、ビーストパーティの発表があり、しばらく寂しい思いをしながらも海外で戦う彼らを遠い日本で応援していたファンたちをねぎらうようで飽きさせないスケジュールが明らかになりました。
そして、一気にL'Arcの夢州LIVEって、、、心臓に悪い。
(とか書いて、書き終わらずほったらかしにしている間にそのビーストパーティも終わってしまい、先ほどanationも終わってしまいましたよ。)
さて今から書くのはただの愚痴です。
この類いを発信すると、受け手も恐ろしいほど嫌な気分になるのも重々承知なので、私的恨みの記録で心汚されたくない方は回れ右でお願いします。
そもそも、旦那の入院でさいたまスーパーアリーナを諦めてたはずの私ですが、旦那の状態が精神的にも身体的にも落ち着いてきたことを感じ出すと、
「あれ??日曜日日帰りなら行けそうじゃね?」
とか思うようになってきました。
返って入院してくれていた方が私的に出やすいんじゃないかな。とか。。。
30日のチケットは譲り先が見つかりましたが、31日の分は見つからず最後まで手元にありましたし。
これは、どこまで飢えてるんだろうね。なんて自嘲してしまいそうなレベルで。
そんな脳天気な私の後頭部を張り倒すような電話が25日の夕方かかってきました。
兄からで。
おかあさん、心臓が止まってしまったって電話が入ったからすぐ行ってくれん?オレ仕事すぐ片付けていくから」
「は???」
「だから、蘇生処置して一度は戻ったんだけど、すぐだめだったって。。。」
「嘘だ。うそだよ。そんな。。。」
とにかく、取るものも取りあえず実家に行こうとした私の慌ただしさをいぶかる姑に事の顛末を話すと、自分も「さよなら」を言いたいから連れて行けという。
なにを考えてるんだ!?
実家の母の死を「すぐ駆けつけてバカみたいに号泣して優しい人を演じる」イベントにするんじゃねぇ!!。
そして、なんであんたは生きてるんだ?私の母は死んだのに。
何が何でも着いてこようとする姑を振り切って運転しながら、私や私の実家を思いやるわけでもなく自分の感情を優先する傲慢ぶりにその類いの感情に支配されていたわたし。
母は聡明な人でした。
自分にも他人にも厳しい人でした。
おさない頃からあまりにたびたび暴力を振るわれたのでいつも顔色うかがって生きてきました。
でも、正義感と自分の尺度に自信を持った人でした。
そして、私を愛していることを言葉以上に態度でわからせてくれる人でした。
HYDE関係で思い出すのは実家に行くと嘘をついてZEPP NAGOYAに行ったとき、姑から実家に電話があってとっさに私は買い物に行ってもらってると嘘ついてくれたこと。
二度とダシに使うなとめちゃ怒られたけど、帰ったら旦那に「頭の良いおかあさんで良かったね。」と言われて何だか誇らしかった。
そんな母が骨折をきっかけにみるみる母ではないような人に変貌してしまったときの、もう、この世に母は居ないのだという喪失感については
I'm so happyと思える人生←こちらにて書かせて頂きました。
カーステレオからMY FIRST LASTが流れてきて、「物質的な死」と「精神的な死」では本人の持つ感情としてはどちらに寄り添えるんだろうとおもったり、I'm so happyのようなこの世に愛を注ぐような感情は芽生えたのだろうかとおもったり、とにかく運転する腕がぶるぶる震えるくらいカオスな思考に支配されていました。。
母が入所していた施設は老人型入所施設なので「医療行為は行いません」と入所の時言われていました。
それ故パーキンソンの治療はストップしていて症状の悪化は何となく気づいてはいたんですが、投薬に伴う幻覚のようなものも遠のいていたのでおかしな事もあまり言わなくなっていたのです。
最期をここで迎えることはないと言われていたのに、なぜ施設で死んでしまったのか....。
個室に移された母の遺体のそばで兄嫁さんが号泣していました。私が入ったことに気づいてこちらを向いた顔の、今し方自分を連れて行けと私に食い下がった悲劇のヒロインみたいな表情だった姑の顔とのあまりの違いにこみ上げるものがありました。
この人たちは良い関係だったんだな。と。。。
母はこの人が大好きでした。
「お義姉さんがあんたじゃなくて良かったよ。」が口癖でした。
「朗らかで、優しくて、おおざっぱだけど、気の利かないところが意地悪じゃなくてさっぱりしたB型」という評価で。
細かくて口うるさくてネガティブ思考で自尊心の塊みたいだった母には救いになる人だったんだと話を聞くたびに思いました。
「お義母さん、まだ暖かいんだよ。寝てるみたいにしかみえないよね。」
お義姉さん、触ってくれたんだ。。。。
私は触れないよ。姑の遺体なんかに。。。。
「おかあさん」
ふれた肩は言われたとおりまだぬくもりがありました。
苦しかったんだろうな。。。。
発症から30分で死んでしまう誤嚥だなんて。。。。(死亡診断書には心不全と書かれていたけれど)
帰りたい帰りたい
といつも言っていた自宅に一晩安置して翌日通夜翌々日告別式になりました。
12時近くに帰宅した私に母の死に際の話を聞き出した時の姑の
私もそんな風に楽に死にたい
と言った言葉を私は忘れません。
楽だったなんて誰も言ってない。どれだけ苦しかったかなんてあんたにわかるのか????
もう呪詛の言葉しか私の頭にはありませんでした。
「舅が姑を迎えに来ないのは、この浅はかな思考回路が苛立ちを与えるからなんだな。」
私の母を連れて行くくらいなら奥さん迎えに来いってば。
そうしたら一気に小姑とのこじれまくった相続も片が付くし、何より私が平和になる。
その後通夜告別式にもしっかり親戚に連れてきてもらい、棺の枕元で泣く姿に虫ずが走る思いをしました。
私と子どもたちはだまされません。
この人がこんな風に泣くのはいつも自分を演じてるとき。
私の母が死んだって悲しいわけはないのだ。
あれほど周りに言ってきたではないの。
母の悪口さんざん吹聴してそんな母に育てられた私がいかに根性が悪い嫁なのかを。
とにかく色々あったけれど、旦那入院中にあっけなく母はこの世から物理的にも居なくなってしまったのでした。
すでにそれから3ヶ月経過しているわけですが、ふしぎと母が母でなくなってしまったときのような衝撃はありませんでした。
母の死をあのとき感じ、ようやく弔ってあげられる完結したような充足感もほのかに感じていました。
形がなくなってしまうのは悲しいことでしたが、それより私は心のよりどころを消失したあの日が本当の告別だったと思ってしまうのです。
今の私が母を思うとき、思い浮かぶのはどこまでも理路整然と道を説く母、強くて逞しくて打てば響くように指針を指し示す母なのです。
生きているとき母を思うと施設に入っている訳がわからなくなってる年寄りが浮かび、切なくて悲しくてやるせない思いばかりが襲ってきましたので。。。。
そしてビーストパーティです。
旦那が入院したままなら二日間参戦したいと思っていました。
ずっとずっと恨みと憎悪と悪意に満ちた家に姑と二人でいたわたしにそのくらいのご褒美くれても罰は当たらん!。と旦那に迫ってね。
結局旦那が7月の上旬退院になりまして、泊まりの遠征は諦めました。
「また明日な!」
とHYDEに言われると泣きたくなるくらい悲しくなるので行くなら二日目と決めていました。
ラグーナ以来のビーストパーティ。

何より感動的だったMY FIRST LAST。

この曲の歌詞にHYDEの生と死の狭間の想いが見て取れて、誰もがいずれ体験する間際の時の残していく者への溢れる想いに共鳴するのです。

この1曲のためだけでも行けてよかった。
元気な皆さんにあえて良かった。
そんな1日になりました。


ここからあと何を書こうとしていたのかな。。。
去年の夏の話。
遠き過去のようでつい最近のようでもあり。一周忌も終わって、今頃投稿します。

ブログを書かない事を心配してコメントくださった皆様。ありがとうございました。
これがお目につくといいのですが。。。いや、真っ黒な心をさらけ出してしまったので思いっきり引かれてしまったかも知れませんね。




さいたまスーパーアリーナへの道
我が家にとってとんでもない事態になりました。
そして5月30,31日行けると信じて疑わなかったVAMPSさいたまスーパーアリーナ行けなくなってしまいました。

すでにFCチケットは当選しており、今回のキャパの関係で行くつもりの方は皆さんもうチケットお持ちとは思いますが募集させてください。
さいたまスーパーアリーナVAMPS公演
5月30日(土)
5月31日(日)
両日ともスタンド座席指定

定価にてお譲り先募集します。

始まりはかかとにできた小さな傷でした。
元々旦那は糖尿病で、42歳の時心筋梗塞を患っていました。
その後病気のオンパレードで、この4年前の冬から膠原病にもかかっていました。
冬になると状態がひどくなるのだけど、春になると和らぐのであまり気にしていなかったのですが。。。。

今回、春になってからの方がダメージ大きくて、そのうえその傷を医者に見せることをしばらく怠っていたのが間違いでした。
絶不調が続き、いよいよ自分でもまずいと思ったのか入院を承知しました。
さんざん入院を勧めたのに聞き入れなかったこと、本人が一番悔やんでいるんだろうなとは思うのですが。。。
足から入ったバイ菌が体に回っているのが不調の原因と。。。。

入院は早くて3ヶ月、リハビリを入れたら長くて半年と言われました。
最初に入院したときは2ヶ月見てくださいとのことだったのでギリギリさいたまに行けるって思っていたんですが、私の考えも甘かったです。

旦那がいないこの家でババとの二人暮らしが始まり、これからのことを考えると不安でたまりません。
会社には事情を話してフルタイムで働けてもらえるようお願いしました。
子どもたちにも相談しました。
あとは自分が頑張るだけだって今は開き直る覚悟ができています。

そんな事情で、あれほど楽しみにして合い言葉にもしていた「さいたまでお会いしましょう」が使えなくなってしまいましたが、今アメリカでそこそこアウェイな状況で戦ってる彼らのこと頭のどこかに棲まわせてやっていこうと思います。

行ってもいいよ~~~って方、もしおみえになったら拍手でもコメントでも結構です。ご一報くださいませ。
宜しくお願いします。