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親の気持ちと子供の心
13日(木)
VAMPARK行ってきました。
14日(金)
会社で新システムのオペレーションテストがありました。
15日(土)
私にとってのツアー初日でした。

VAMPARKはやはり映像ですね。
AB両方観られるように3回目と4回目で続けて入場し、4回目のBは3回通り映像だけ見て帰ってきました。
どちらも良かったですが、やっぱりあのフェスの顛末の映像には心に来る物がありました。
あ、ほんのちょっとネタバレちゃうからだめな人は回れ右でお願いします。

まず日本ではあり得ないほど情け容赦のない止め方をするんだなとビックリしました。
ほぼ体当たりのよう。。。
小柄なHYDEさんがでっかいスタッフに突き飛ばされてるようにしか見えなかったですからね。
あの大音量の中中断させるのも体力が必要なんだろうなと思いましたけども。。。

それをされた後のHYDEさんが「ホワイ??」な感じで両手を広げ肩をすくめた様子に痛みを覚えました。
最初全然のってない観客がそれでも少しずつリズムに合わせて揺れてきているのがわかるだけに、あのときはあっけにとられて退場するしかなかった彼らも後々はきっと悔しさがぶり返すんじゃないかと思いました。
ブーイングのようなVAMPSコールも確かに聞こえ、あのときVAMPSについては合格不合格二種類の真反対の記事が飛び込んできましたけど、正直あれほどディスられる(あえていうならぼろくそ)書かれた意味がなぜなのかわかりません。
ライターの音楽の好みやこのフェスのカラーと、VAMPSの演奏した楽曲がコンセプトを外してた、ただそれだけのことなら痛くも痒くもないと思えば良いのかもですがね。。。
少なくとも、それなら力量を評価されたと思わずにいられますから。
あぁ、いつもの双子さんが水着で二人で頭振ってるのが嬉しかったです。

そういえば止められてしまったことに気づかず、ずっとドラム叩いてたアーリーにパリライブのユッキーが被ってしまいました。
kenちゃんが撃たれた事に気づかず、ベースやボーカルが演奏を止めてもしばらく叩き続けていましたよね。。。

一曲なくてもちゃんと残せたと言い切って乾杯した彼らにブラボーと言っても良いんじゃないかと。。。
変な話私たちファンが自虐に走ってどうするんだと。。。
手応えはちゃんとあったと言い切ったVAMPSの言葉の裏付けはきちんと映像に残されてる。
それだけでこの映像を見る価値はあったと思いました。

そして14日私は、ちょっと立ち直れないような大失敗をしまして。。。。
多分テスト受けた職員の中でも最低ラインのできばえだったのではないかと、凹みまくりました。
いや、再テストになるだろう結果は月曜日か火曜日(この日だとライブ最終日で早帰りさせてもらうから結果は見られない)なので、まだ凹みは回復していませんが。。。
全然寝られず、3時半すぎ。。。。いくらなんでも翌日はスタンディングだぞ~~~。

そんな凹んだ気分のまま15日はやってきました。
みぃちゃん、ちさとんさん、Irisさん、安二郎さんとでびっくりドンキーでおしゃべり。
実はみぃちゃんも結構な悩みを抱えて、凹みまくってる私と二人でうじうじしてたわけですが(二人ともA型なので立ち直りが遅い。)そのとき交わしたたくさんのおしゃべりでみぃちゃんはすくわれたようでした。
ずっと前ブログに書いた「でんでんむしのかなしみ」です。
悩みを抱えていない人なんていないんだよ。ってね。。。
たくさんの人と話すと、たくさんの人の生き様を観ることができる。
小さな世界で小さな事に悩むことが、なおさら自分を小さくしてしまうことに気づくということで。。。
あのとき、表層的な話ばかりじゃなくて凄く嬉しかったな。
皆さんありがとう。。。

でもね、でもね、一つ言わせて。
親って時々無神経で、子供に深い傷を与えてしまうことはあるけれど、だからって愛していないんじゃないんだよ。。。。
親もこの年になって思うけれど、案外子供なんです。
親になったからいきなり人格ができるわけでもないんです。
子供故考えなしに放つ残酷な言葉にうちひしがれることは親の方が遙かに多いんです。
言った方の子供はおさないから忘れてしまうけれど。

ただ、少なくとも私は子供を憎んだり可愛くないと思ったことはありません。
「可愛くないことばかり言うんだね。」と言ったことはあります。
心底「バカ!」とののしったこともありません。(どの子も遙かに私より賢かったので)

今生きていてくれるみんな誰かの子供で、私もそうなんだけど、親の愛情を信じられない事ほど悲しいことはないなと改めて思ったのでした。
それこそ私は結構な暴力を母から受けてきたけれど、だから子供は絶対叩かないと長男を産んだとき思ったし、何でもして上げたいと思った。
旦那のためには死ねないけど、この子のためなら死ねるって本気で思ったよ。。。。

そして、みんな生きててくれてこうして出会えて良かった。
生きててくれることが親孝行だからね!!!。(だから体は大事にしてください。)
何も「親のためにしてあげなくちゃいけない」なんてことはないんです。
生まれてくれただけで、産んでくれた恩はすでに返しているんですから。

なんてね、そんな話題に何故だか走ってしまったびっくりドンキー。
一人親立場で「みんな愛されてるはずだ!」と持論を展開したせいらでした。

もう一回言うね。
親は案外子供です。
自分勝手だし、わがままだし、子供は自分の思い通りになると信じてる。
だからほんのちょっと意にそぐわないことをすると軌道修正を図りたがる。
子離れできていない親も多いし、子供の心配をしているようで、すでに親の庇護を必要としない子供の負担になってないかと疑心暗鬼になったりもする。
そして、自分の人生は何だったかと黄昏れたりもしちゃうんだよ。。。(残り少なくなってるからね)

みなさん、親を愛してあげなくてもいいから、自分が幸せでいてね。。。(それが親孝行だと思ってるよ)



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お盆の夜のお客様。
暑い日が続きますがみなさま如何お過ごしですか?
体調など崩されませんよう、お身体おいといくださいませね。

さて、そんな暑さをもろともせず、本当に大勢のファンが集まった山中湖。
ハイモバの写真で(聞いてはいたけれど)一万人って本当なんだな~と驚いた次第です。

ラグーナは多分5000行くか行かないかくらいだったと思うので(まあ、その分日数的には長かったけど、だからこそ)今回興行としても成り立ったのではないかしらと留守番組ながらほっといたしました。
私ラグーナのときのブログでお祭りは自分で散財して楽しむものだよね。なんて書きましたが、あれは採算あってなかったんじゃないかなぁ。。と心苦しかったりもしました。僭越ながら。

ただ、それでも、ラグーナが評判良かったのは納得です。
本当に素晴らしかったもん、二日しか行ってないけど。

なのでラグーナが良かったから次!ってなったのかもしれない山中湖。
そこに至るまでの遠い遠い道のり。
ツアーのバスの詳細が青ざめるほど遅く、駐車場の手配の話もこれまた切羽詰ってて、富士の麓には何を準備したらいいのか情報交換したりしてハラハラしどおしだったみなさんのつぶやきを読みながら
「いや、そんなことどうでもいいくらい感動できるから、させてくれる人だから」
とか、エールを送りつつ、この内容のツイートの仲間になれない一抹の寂しさなんかも感じていましたよ。

まぁ、基本ダウナーだから。トホホ。

そして期待に違わない感動をみんなに与えて、レポ読んでる留守番組まで感動させるのですね。

参戦者様がどれだけその日のことを心に残しておきたいと思ったか、その情熱的なレポに見て取れます。
ブログは読んでもらって共感して欲しいという思いもあれば、自分の心から「その想いが薄れてしまわないように文字にして事実として記憶しておきたい」という願いのような気持ちも込められてると思う。

どなたのブログも山中湖に着くまでの、いや、着いてからライブが始まるまでの、全て顔文字で表現できるんじゃないか的な傑作なテンポの「あとになれば笑い話だけど、その時はとんでもなかったのよ!!!。」から始まって、ライブ開始してからは各々お気に入り曲に対しての想いや、MCに対しての共鳴部分のディープな感想まで、本当にどれだけすごかったのか波状攻撃で読んでるこちらに知らしめてくれるわけです。

特にマイファーストラストのMCには感動しました。


ZEPP名古屋の土曜日。
私は初めてプレボなるものに手紙を投函しました。

想いは絶対通じるよ。そういう人だから
って力づけてくれた友達がいて、何をどう書こうか本当に迷い迷いしたためたのです。
又従姉妹ちゃんのこと。

亡くなる数日前までライブを夢見ていたこと。
彼女の最期に想いを馳せることができるならこんな幸せなことはない。
どこかでMY FIRST LASTをやってもらえませんか。と。


それが山中湖だったんですね。。。
この曲がBESTアルバムに収録されるのはずいぶん前から決まっていたのでしょうし、山中湖のロケーションが描いてるイメージにちかいことやお盆の週だったこと、身内が亡くなられたとのことが大きな要因だとわかってはいますが、私にはその事実がすごい衝撃だったのです。

旅立つ人の最期に寄り添うような言葉。
「死」を悲しいものだけに捉えないスケール感。
私には宇宙と融合するような発想はないけれど、なるほど、そう思えばただただ苦しいことでもないのかと思えたりもする。

「死ぬこと」
については色々考えます。
誰もがそれから逃れられないから。

中学生の頃父方の祖父が亡くなりました。
冷たい亡骸に生きていた頃の柔らかな優しさを見つけることができず、遺体はまるで見ず知らずの他人のようでした。
魂はどこに行ったのだろう。
高校生の兄と「死」について語りました。
「死ぬってのはなくなるということ。お前は生まれる前がわかるか?」
兄の質問は意味がわからない。
「そこへ行くだけのことだ。」
何か違う言葉を期待してた。
天国や地獄や、魂が肉体を離れてもまだ道があるのだろうと思いたかったので。。。。

母の実家に行くと国民服を着た少年の遺影があります。
18歳で海軍工廠の空襲にあい、亡くなってしまった母の兄のものです。
幼いころ、この美しく秀麗な顔立ちのお兄さんはちょっとしたあこがれでした。
そしてもうひとり母の妹の遺影も掲げてあります。
25歳で亡くなる数ヶ月前、病院で私を抱き上げてくれた綺麗なお姉さんです。

幼かった私はとうの昔に彼らの年齢を超えてしまいました。

漠然とした死への認識。
お盆にはそんな霊魂が帰ってくるのですね。
そう。
なくなることを宇宙と重ねては見られません。
今、逝こうとしている間際の人にとって死はもっともっと単純なものだと思うからです。
立ち会う人にとってのあふれるような感情がいろんなものを生み出すのかなとも思うのです。

生きているから想いを馳せるし、「我思う」から「我は存在している」と言えるのかな。と。

まぁ、とりとめなくそんなことをつらつら考えながら山中湖のレポを読んでいくうちに、もう、泣けて泣けてどうにもならない感じになりました。

それこそ、私の歳まで生きていれば、若い頃には考えられないほど近しい関係の方の死をいくつも体験するのです。
又従姉妹ちゃんに限ったことではなく。

なのに、私の記憶に鮮明に浮かび上がってくるのはラグーナ最終日の炎天下、得意満面ないたずら小僧のような表情で放水する花道のHYDEさんに嬉々として駆け寄っていった又従姉妹ちゃんの後ろ姿なのでした。
去年の今頃は次の夏がないなんて思ってもみなかっただろうけども。。。。

14日の夜、床が軋む音がしてなかなか寝付けませんでした。
犬は些細な物音で吠えまくるけど、それもなくただ軋む音だけがベッド付近から間欠的に聞こえます。
私はなにがどうしてなのかよくわからないけれど涙が止まらず真っ暗な部屋の中で泣きながら目をとじていました。
ふつうならその音背筋が凍ると思うのですが、全然怖くないのです。
ほかに感情が囚われていると恐怖は大して恐怖でもないということなのか。。。
いつの間にかウトウトして3時間ほど寝られました。

ツイッターでそのことを書いたら
「それは山中湖でライブ参戦した又従姉妹ちゃんじゃないでしょうか。」
ってリプしてくれた方がいて、なんだかすごく嬉しくなったのです。
そうだよ。
彼女は今フリーダムだね。
ネックタオルもライブTシャツも持っていったんだもん。

パリライブのライブビューイングを
「DVDのhydeすっごい綺麗だと思っとるだらぁ~?ライブビューイングのhydeなんか、もっともっとDVDなんか問題にならんくらい綺麗だっただで~。」
とやたら自慢してきた又従姉妹ちゃん。


そうか。。。
山中湖を自慢しに来たのか。。。。







皆さんに感謝の言葉を。。。(又従姉妹ちゃんの娘さんのコメント)
娘の○○です。

母のこと書いてくれてありがとうございました。
生きてた証が残るようで嬉しいです。

お見舞いに来てくれた前日に車に乗る機会があって一緒にラルクとかVAMPSとか口ずさめるくらい元気でした。

母は最後の最後まであまり弱音を吐かなかったのでどれだけ体が辛かったのか未だにわかりません。

あまりに急に亡くなってしまったので私はまだ実感がわかず、病院にいるのではないかと思ってしまいます。
まだまだ一緒にライヴに行ったり、旅行に行ったり、美味しいご飯でも食べに行ったりしたかった、家事とか手伝いをもっとしてあげれば良かった、とどうしても考えてしまいます。

友人が
「亡くなったのを悲しむのも、思い出を懐かしむのも、お母さんを想う事全てが供養になるよ」
と言ってくれたので思いっきり今は悲しもうと思います。

その後は、母の為にも前に進むのみです。
無償の愛を注いでくれた母に親孝行をする時間もなかったので、せめてもの恩返しに母の分まで人生を全うしようと思います。

母と一緒に遊んでくれてありがとうございました。
たくさんのお友達と出会わせてくれてありがとうございました。

素敵な方たちばかりだとライブの話をよく聞きました。

この場をお借りしてお礼をさせていただきます。

素敵なメールとアルバムをありがとうございました。

きっとちゃっかり母も今後のライヴに参加してると思います。



以上、前記事に娘さんからコメントいただきました。


拙いブログですが、こうして娘さんとも縁ができたこと。
少なくとも娘ちゃんの苦しみを同じように痛みとして感じられる人がいらっしゃるのを知ることも娘ちゃんにとっては励みになると思っています。

それこそ、まだ本当に若いお嬢さんなのに、通夜も告別式もシャンとされて立派でした。

さっちゃんがいなくなって、ほんのちょっとの共感を分かち合いたいとき急に悲しみがぶり返したり、ふとした瞬間に残像を追うようなことがまだまだ続くでしょうが、そんなときはいつでもメールをもらいたいし、ひとりじゃないことを心の隅においてもらいたいと思っています。

拍手でも、コメントでも、ツイッターでも、又従姉妹ちゃんを知る大勢の人たちからのコメントは渇いた心に水を与えられたような喜びになりました。

私も再度お礼を言いたいです。
本当にありがとうございました。

  
 


「さ」と打てば「さっちゃ〜ん」と予測変換される私の携帯。又従姉妹ちゃんの話。
まだ、ここそこに彼女の痕跡がある。

最後にもらったメール。
国立のDVD。
黒ちゃんねるのTV出演(笑)。

何よりメールを打つとき
「さ」と打てば「さっちゃ〜ん」て。。。。。

「さっちゃ〜ん、VAMPSどうする?予約始まるよ〜」
って送った私に
「遅れてごめん、実は今入院してるんで今回の夏のVAMPSはパスかな。」
って。。。
転勤で私自身とても忙しくて連絡してなかったからこれは寝耳に水ですよ。
それにしても7月の話なのに今から行けないって?

そんなやりとりがついこの10日ほど前の履歴なのです。

「今国立のDVD観てる。いばらの涙。かっこいい〜〜!」

次の月曜日、仕事帰りに病院に見舞いに行きました。
4月1日。誰か、エイプリルフールだと言って。。。

娘ちゃんがお母さんに付き添ってた。
娘ちゃんもかなりのhydeファンで、ワールドツアーで台湾もパリも行った強者です。

ニコニコしてお母さんと私の会話を聞いてる。

「細すぎだよ。お肉あげるよ。」
といった私に
「くれる人多すぎだから〜。順番で。」
みたいなことを言って元気に笑った。

「看護師さんにさ〜、夏にライブがあるんだけど、行っていい?って聞いたらいいよ〜〜ってかる〜っく返されてさ〜」
「え、じゃぁ行こうよ。2階席なら大丈夫だよ。あ、空気悪いけど。」
「だって2時間拳振り上げていられるかなぁ。」
「大丈夫。私がおぶって連れて行くから。まぁ、夏がダメでもハロウィンは行けるっしょ。」
「次のL'Arcまでには完全復活しとかなくちゃ。」
「ちょうど休止でよかったね〜。」
後になって思い返せば、こう言う希望がとても大事だったんだろうな。。。。

私たち、血筋なのかお互いマシンガンなんです。
しゃべりだしたら継ぎ目がないくらいしゃべり倒すタイプ。

で、爆笑して。。。
又従姉妹ちゃんは息切れもしてなかった。
「大丈夫。きっと良くなるよ。次のL'Arcまでには。」
って、彼女の状況も知らず無責任に元気な笑顔に安心して
「また来るから、退院するときはちゃんと連絡してね、きたら退院していなかったなんてやだよ〜。」
なんて軽口叩きまくった私。
「うんうん。ありがとう。」

見舞ってるあいだに、おばさんとおじさん、そして彼女の妹もやってきてひとしきり会話して帰ってきたのです。
おばさんは私の母の心配までしてくれて。

病室の入口まで見送ってくれた妹さんが、なんとも言えない複雑な表情だったのが唯一の不安だったくらいで。

その木曜日の夜又従姉妹ちゃんの携帯から電話が。
「あぁ、さっちゃ〜ん?退院??」
って明るく出た私に
「私、○○(妹さん)です。い○みちゃん(私の本名)、おねえちゃん今日の夕方亡くなりました。」
って。。。。うそ。。。
「は・・・・・?」
「うん。。。い○みちゃんが来てくれた次の日急変して。」
うそ。。。
うそだ。。。。。
「お姉ちゃん、よく頑張ってるねって言ってんだけどね。。。」
そのあと通夜と葬式の日程を教えてくれて
「お別れして欲しいと思って。」
電話しなくちゃならない先がたくさんあることにようやく気付いて電話を切った。

もう、何がなんだか。。。
ライブはフロアが好きで、もみくちゃも楽しいって言い切るようなさっちゃんが。
「娘と病室で国立見てたらさ〜、いつもいつもいばらの涙で邪魔が入るだよ。またいばら?って感じ。い○みちゃんからメールもらったのもいばらの涙の時だった。」
もう、邪魔して悪ぅございました。
「あれって、すごくいいよね!hydeすごく声出てるし、上手だし。」
「うんうん!」
って。。。
たった3日前の会話だよ・・・・?

じわじわさっちゃんが死んだ事実がのしかかってきて耐えられず、つぶやきまくった。
彼女の存在を思い出して欲しかったこともあったし、一人で耐え切れないほどの苦しみもあった。

すぐに友人から電話もらって、わたしは号泣しながらしゃべりましたよ。
又従姉妹ちゃんのこと。
「よかった口もきけないほどだったらどうしようと思った。」
30分も「うんうん」って話を聞いてくれて。
いつもいつもうんと年上のくせに面倒かけてすいません。

そして次の日会社に行く道すがらもこみ上げてこみ上げて、嗚咽しながら出社。
仕事したんだかしなかったんだかよくわからない感じで、ふわふわ一日が終わってた。

土曜日通夜で。

柩の中の又従姉妹ちゃんはすごく綺麗でした。
遺影は娘さんと2年前に行ったフランス旅行の時のスナップ写真で、本当に幸せそうににこやかに微笑んでる。
そういえば、そのフランス旅行の帰り道の東京で彼女たちはスペースシャワーダイナーのL'Arcafeに母娘で行ったんだっけな。って思い出したり。
「幸運を呼ぶメダイだよ」
ってお土産ももらったんだった。

思い起こせば母子家庭で、親と一緒に食事できなかった運動会などの行事の時はいつも一緒にいてくれた又従姉妹ちゃん一家。
小さな頃の記憶は2つ下の彼女とそのまた2つ下の妹が姉妹で「い○みちゃん、い○みちゃん」といつも慕ってくれたこと。
家風呂がなかった私たちはよく銭湯がお休みの日は貰い湯に行った。

大きくなるにつれ付き合いは減ったけれど、うちの長女とあちらの長男が同じ高校で入学式卒業式でばったりなんて偶然もあり、お互いもっともっと距離を縮めたのは初めて参戦したZEPP NAGOYAのVAMPSライブでの遭遇。
これはもう、ちゃんともう一度付き合えという神のお告げなのかと。

転勤で前の支店に異動したときさっちゃんは支店のお客さんでよく店頭にも来てくれて。
旦那のバンのナンバーが666だってことに爆笑し、私のアドレスを見てにやりとしたり。
いや、どちらもhydeファンになる前からのものですから〜なんて弁解もさらっと流した彼女。

パリライブのライブビューイングに行ったって聞いて羨ましかった。
で、そのあと京セラのライブビューイングも、MSGのライブビューイングも一緒に行って、国立も行かないって最初言ってたのに行くことになった。
VAMPSラグーナはご近所だから行くけど、ZEPPは行かないって言ってたのに、土日で私に付き合ってくれた。

不思議だね。
最後のL'Arcも、最後のVAMPSも映像になってるよ。。。。
かたやDVDで、かたやTV番組で。。。

なんですか?これは。。。。
神様の優しさなんでしょうか・・・・?

だったら、いらないよ。
国立は初日でもいいよ。
VAMPSは違う日のでもいいよ。。。

だから又従姉妹ちゃんを返して。。。。

本気でライブに行きたかったはず。
娘さんの将来も、息子さんの将来も心配だったはず。

だって、まだまだ若いんだから。

柩の中の又従姉妹ちゃんに泣きながら声をかけた。
「さっちゃん、また一緒にライブ行こうね。」

葬儀の日、柩のなかに生花に埋もれてVAMPSのピンクのネックタオルが見えた。
このタオルが一番好きって言ってた最初のVAMPSタオル。
通夜の時、VAMPSTシャツも入れるし、私の友人から送られたHYDEの写真も入れてときめきとともに旅立たせてあげたいって言ってらしたので、きっと花に埋もれて見えなかったけれど胸に抱いて旅立ったと思う。

「ライブの必需品だね」
って友人がリプしてくれてちょっと笑った。
そうか、彼女はもう準備万端か。


最後に。

本当にたくさんたくさん彼女の死を悼んでくれてありがとうございました。
お母さんも妹さんも娘さんも感謝されていました。
その上、一人で妹のような仲間を失ったことの喪失感と悲しみに耐え切れず、ガクガクしてた私にもお声がけありがとうございました。
「これは運命です。ああすればよかった、こうすればよかったといろいろ思うことはあるでしょうが、ここで亡くなったのも全ては運命だと受け入れましょう。」
という和尚さんの言葉に、家族は少なからず救われたのではないかとも思いました。

私がこんななんだから、娘さん、息子さん、ご主人、妹や弟。ましてや子供に先立たれたお父さんお母さんは、今頃どんな気持ちでおられるのか。。。

「さ」と打てば「さっちゃ〜ん」と、もういない人を指して変換される私のスマホ。
hydeに関係する事柄に対しては全てこの喪失感と虚無感を共にして挑むと心に誓います。
そして、そんなときはどこからかで彼女がきっと一緒にいると感じたいです。


彼女のことが書けてよかった。
長々ありがとうございました。


  






浦島せいら参上。
思えば先週水曜日から調子はイマイチ。

喉がどうかなってるくらい痛くて、扁桃腺か〜って予想は出来たのです。
熱がが〜〜〜〜〜〜っと出て、さ〜〜〜〜〜〜っと引いて、そのあと咳き込みと倍増する喉の痛み。
やすみのとれない週なのだけど、無理言って木曜日に休みをもらい金曜日出社。
帰ってきたら死にそうなほどの脱力感。
土日で直してみせる!、と思っていろいろ勢い込んではいたのですが(ツイッターでも宣言したし、みんなにエールももらった〜)、日曜日休日診療に駆け込んでそれ以外はただゴロゴロしていたにもかかわらず一向に良くならず月曜日出社。

さすがに今日の週休前に一度医者に行かねば!ってことで組長会議の前に会社から帰って医者におすがりいたしました。
なにせ火曜日から50肩にまでなってしまいまいたよ。
まともに右腕が動かないんじゃ(痛くて!ですよ。これが)休み明けに出社したって痛みに気を取られるだけで終わってしまいますがな。。。
ありがたいことにあまりの超絶不調の私の様子に涙を誘われたか、支店長が木曜日も「突発休暇」をくださった。
「突発」というのは金融機関はきっとどこにでもあると思うのですが、職員の不正を発見するため、予告なしに一日休みを取らせる、真面目な職員にとったらありがたい制度です。
おかげで今日は週休、明日は突発で連休ですよ。

いくら年寄りで回復が遅かろうと、そろそろ落ち着いてはくれまいか。この咽頭痛&50肩。トホホ。。。。

そんな、なかなか自由にならない自分の体に四苦八苦してるあいだに、なんですか???
VAMPSの写真チョイスできる写真集。
レコード会社移籍。
DVD発売。
L'ArcのDVDが霞んじゃいそうな勢いじゃないですか〜〜。(いや、かすまないよ。これっぽっちも霞まないよてっちゃん、自信を持って。←哲学2をもうすぐ読み終わるのですが、なにか言ったあとこのくらいフォローしないとてっちゃんの受身な発言が飛び出しそうで怖い)

まえやったVAMPSの自分好みの写真集。
あれ選べないわ、構成にセンスないわでめちゃめちゃ時間がかかったっけね。
でも、幸せな時間だったなぁ。。。ぽわん。
あ。。。ハロウィンの写真集はいつだっけ??


そういえば、VAMPSのオフ会は今週末か〜〜〜〜。
へんな話、東京開催でチケットあたってたりしたら目も当てられないから、やっぱりご縁はなかったんだなと思いました。はい。

そして、前記事にたくさん拍手、コメントありがとうございます。
ちゃんと落ち着いたらお返事させてくださいね。

とりあえずがんばって治します。


  



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