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黑ミサのアコースティックな夜 ③

早いもので、黑ミサからそろそろ一ヶ月経とうとしているんですね。

一気に行かないと記憶がなくなりそうです。
ここはあくまで忘れたくない私の証みたいなところだから、自己満足だろうが、信者だろうが、盲目だろうが気にしません。
周りを気にして書きたいことも美辞麗句で飾ってたら作り話になってしまうので。
キモイわ。このヒト。
と思われるなら回れ右でお願いします。
読んでからのクレームは受付しかねます。m(__)m。
あ、誤字脱字は即座に修正するのでご指摘ください~~。

さぁ、このくらい前置きしたら大丈夫かな???ビクビク。。。。
hydeへの傾倒、心酔、憧れ、盲信半端なくて、ですね。。。。

行きます。

23日コンサート後、松井さん幹事での「23日淑女(2名部活帰り)の会」総勢15人での打ち上げでした。
2名部活帰りは同日同じ幕張メッセでマイファスライブがありほぼ部活の格好での参戦と言うことで、おしゃれした皆さんと部活帰りが2人混じるみたいだね~~って事で命名されたのですよ。センスが素敵。
楽しかったです。
こういう集まりがあると、常のツイッターの文字数で持つ印象と違って各々の熱を直に感じられて嬉しいです。
hydeさんって幸せな人だなと思うと同時に、hydeもしくはL'Arcがなくてブログ書いてなくてツイッターもしてなかったら絶対に知り合っていなかっただろう人たちと想いを語り合える私も幸せだなと心から思いました。
人混みに出れば出るほどどこか孤独を感じてしまう最近の私は、同じ思いを持って黑ミサに来た仲間とこうして集まれることに感謝ばかりなんです。

誘ってくれてありがとう。
そしてhydeさん、その存在にありがとう。

打ち上げが凄く楽しかった反動か、ホテルの部屋で一人になったとき黑ミサのhydeの姿が何度も脳裏に浮かび、改めてあの世界に引き込まれた後の虚脱のようなものを感じて眠れませんでした。
浮遊感にも似た興奮だったのかもしれません。。

24日の朝。
帰宅組さん、グッズ売り場に向かう組さんを見送り、前日グッズ売り場で懲りたはずなのにとりあえずメッセグッズ売り場に。
はい。早々諦めてのんびりすることにシフトチェンジ。すいませんね。根性無しで。
その後ZOZO様ご一行の宿泊されるホテルに奇襲をかけあみりんさんと大騒ぎさせてもらいました。
すいません。私達(あみりんさんももちろん含む)やかましくて。
今日はA席だったのでだいぶ気楽ではありました。
昨日の緊張感がなくなっているのは、打ち上げやら先ほどの奇襲(はた迷惑)やらのおかげでもありましたね。
この日しか会えないおまつさんとも、約束しなくてもなぜか遭遇できるかすみさん、hokutoさん、vsBREAKERZで知り合い親しくなったまこちゃんさんとも会えて、ひたすらテンション上がりました。


入場です。
前日と同様、厳かな聖歌に促されて静々と。

昨日、HYDEISTのとりかごなんて全然見えなかったよーって言うA席皆さんのお言葉通り、はい。見えませんでした。
スクリーンはステージの一つしか視界に入りません。
でも、ですね、だからこそなのか、モニターに多角的に映されるhydeさんがあきれ返るほど綺麗で、カメラマン良い仕事してる!!!ありがとう~~~!!なんて思いましたよ。
SS席で観てた前日、ステージと客席の間を数人のカメラスタッフが行き来してて、アングルから何から一人をクローズアップすると言うことはここまで動かないと画一的な映像になってしまうって事なんだな、なんて感じたのが思い出されました。
肉眼で見えない位後方のファンにもいかに納得のいく素晴らしい映像を届けるか、腕の見せ所なのかな。
プロだな。なんて感心しましたね。

そして、その画像に負けない歌でした。
24日は最初から声音が柔らかく感じました。
それは、私が昨日ガチガチだったたからだけじゃないと思うんですよ。


WHITE SONG
この曲は黑ミサ発表後のハイドラでかかりましたから絶対演奏すると思っていました。
そして、え??って思いました。
第一声から優しいんですよ、声の質?発声??
MY DEARのhydeさんとか「さぁ、愛を探してみてごらん」の「さぁ」からして他の楽曲と違う声音だと思いませんでしたか??
小さな子どもを宥めるような邪心のない感じ。。。。
何言ってるんでしょうね。。。。
これは二日目のこの曲で私が勝手に思った事なので、前日と変わりませんと言うことなら単に私が緊張してただけと言うことになります。

汚れてしまった心を雪がリセットしてくれる。。。。。。(パンフより)
日本語訳のサイトに行って内容を確認してきましたよ。
何で後悔と懺悔みたいな部分が多いんだろう。
一年でそんなに溜めてしまう葛藤があるってことに(経験から詩を書いてるとして)胸を痛めます。
HYDEさんの雪の歌は降り積もる白銀の美しさを観ることで心を浄化する望みを込めてるから切なかったり悲しかったりだけじゃなくて、綺麗なんだなと思いました。


SECRET LETTERS
これも生で聴くのは初めての楽曲です。
音源のか細い高音部も、太く伸びて心地よい流れで本当に力強く感じました。
アムステルダム。。。。そんな異国情緒ですね。
アンネの日記がモチーフなら、このやるせない自由への想い溢れる歌詞がしっくりきます。
何に縛られてるんだろう???て思ってました。

そういえば、HYDEさんの刺青で翼を得たことの自由宣言と、それをさせまいとするような茨の絵柄の関係性みたいなものを考える事があって、茨を入れることをあまり嬉しく思ってなかった気持ちがちょっと変化したんですよ。。
意味もなく入れてるわけじゃないだろうと言われてはいましたが、あらぬところに飛び立ってしまう何かを引き留める枷のような作用が茨にあるなら、それはそれで納得できるのかな。なんてね。


これ以後については楽曲についてのMCも殆ど前日と同じなので、24日だからこう思ったって部分はありません。

ただ、MCで大きかったのは
「足の雪跡」と口走りそうになって、しばらくラジオなら放送事故になってたところと
「みんなの応援で助けられていると感じる」な感謝の言葉と
「これでおしまいかと思ったら寂しくて。。。。」と泣かれてしまったことでしょうか。。。。


kenさんとの化学反応で素敵な曲になったと言った後「聴いてください。足の。。。。。」と言いかけ「は!?」ってhyde本人もなってましたよね。
会場が一瞬フリーズしてそこかしこでクスクス笑い声が漏れ、固まるhydeさん。
何かkenちゃんが言おうとしてマイクを持ったら言わせまいとして取り上げる慌てぶりに、このコンサートで初めて似つかわしくない笑い声が起こり、同時に止まってしまった時間を動かせない(ツボにはまって笑い出して)hydeにあちこちから声援が上がりました。
「hydeがんばれ!!!」
[hydeさ~~~ん!頑張って~~~~!!!」
その声援が温かくてですね、ファンがまるで転んだ5歳児がけなげに立ち上がろうとするのを一生懸命応援するパパ、ママみたいだったんです。
黑ミサの神々しい世界観が、一気に「雪の足跡」の可愛らしい世界に繋がっていきました。

「僕は本当に君たちに助けられているなと感じます。」
きっかけはそこだったけれど、hydeさんの心からの感謝を改めて感じました。
いつもファンにありがとうと思っていることを隠さない人。。
どんなアーティストもファンがいてこそ成り立つ生業なのです。
だから、ちょっと困ったファンも大事に思っているし、小さな子どもから私のような年齢のファンも可愛いと思っていることを感じさせてくれる彼の姿勢にはこちらがありがとうと言いたい気持ちにもなるのです。

そういえば、24日はやたら客席から声をかけるマナーがいまいちのファンがいたらしく(私の席からは殆ど聞こえませんでしたが)多分周りは迷惑されていたのでしょうね。
kenちゃんが登場一番に言ったことが「声大きいよ。発言もスマートカジュアルで!」でした。
客席に言ってるから何のこと???と思っていたんですが、コンサート終了後皆さんのツイートで詳細を知りました。
kenちゃんに言われてシュンとなったかどうかは知りませんが
「きみ、声大きいね。凄く良く聞こえる」
ってフォロー入れたのが、なんだろう??と思っていたんです。
事情を知ればhydeさんらしくて。。。。
転がるファンと支えるファンに言及したときも彼なりのどちらにも気を遣った発言とか優しすぎて、もうそのお願い(私にはあの発言はそう思えた)が嫌なファンはふるいにでもかけて選別してしまおうとか、暴力的な思考に支配される投げやりさは彼にはないんだなと思いました。。
だからこそ余計切なかったのですが。。。。


とにかく、冬を好きにならなくちゃって使命感までもって好きになりかけてくれてるらしいkenちゃん。
hydeさんが嬉しそうに笑ってたのも印象的でした。
「雪の足跡」前のMCはこんな感じでほっこりするものでした。
雪の足跡についてはもう一つhydeさんの逆説的思考が素敵だなって思いました。
23日のMCで「冬って暖かいですよね」といって会場を疑問符だらけにしたhydeさん。
意味わからんとkenちゃん。
寒いから暖をとってみんなで暖まろうとするから冬は暖かいと言うのがhydeさん的冬のとらえ方で。
なるほどなぁと思いました。
真夏にロングヘアもそのままにべったり体寄せ合って歩いてるカップルを暑苦しいと思うな。そういえば。真冬にそれなら暖かそうで幸せに感じるのに。って。
そしてhydeが冬が好きクリスマスが好きってやたら言うから好きにならなくちゃと思ったkenちゃんが好きだ。と、なんか、ばたばたして興奮しましたよ。私は。


そして、最後の最後。
未来世界に入る前のMCで、グローブをはずそうとして中々外れなくて後ろを向いてしまったhydeさん。
その行為が感情を抑えるための時間稼ぎなのは明らかでした。
モニターではっきり見えたわけではありませんが声が震えていて、この2日間で初めてhydeが頼りなく思えたのです。

「この曲で最後だと思ったら寂しくて。。。。」
いまのHYDEの状況はわからないけど、とにかく単体なんだと解釈し、歌詞にそれを投影するものがあれば同調し、切なくもなり、でも、歌声はどこまでも逞しく弱々しい脆弱さなど微塵もなくて、本当に強い人だと思ったこの2日間のhydeさん。

最後にそんな想いを吐露されて平静でいられたファンはあの会場には一人もいなかったはず。

最後に近づけば近づくほど寂しいのです。
コンサートの1曲目にすでに終わりに向かってることを実感し、いつも挑んでいた私。
これからの予定があればこそ、耐えられる些末な感情も今は一つ一つがとても大切で大きなものになるのです。
hydeさんのライブへの想いを常々紙面や会報で知っている私達がこの状況のhydeの感情にさらわれないわけはありません。
「hydeがんばれ」
なんて声援はどこからもかかりません。
みんな泣いていました。

前日は緊張のあまり1粒すら零れなかった私が滂沱の涙なのです。

未来世界。
音程が怪しくなり、こらえきれない嗚咽に近い歌声になってしまうところもありましたが、歌いきって涙をぬぐっていました。
私はと言えば歌詞と状況の符号に耐えきれず号泣でした。
「君に会えて充分」
唯一の救いが最後の一文。

それは究極の救いなんだなと思いました。

VAMPS活動休止でシクシクしてた私に「死んだわけでもないのに」何を泣く必要があるのかと無神経に聞いた旦那に腹が立ちました。
が、結局はどんな形であれhydeが元気で音楽に携わり、自分の好きな方向で歩み始めていればそれを応援していけば良いだけのことではないかと思うしかないんですよね。。。

その後は私がひどかったです。
あみりんさんは宿泊で、私は帰路につかねばならずそこでさようならだったんですが。
もう、エグエグしてましてね。。。。。
涙ぬぐいながら鼻をすすりながら海浜幕張までとぼとぼ歩くわけですよ。

ひとりぼっちで。

ああ、切ない。寂しい。孤独だわ。
この感情をどこに処理して良いのかわからないんです。
口は万一文字。
これ以上泣くまいとして違うことを考え考え。。。

「君に会えて充分。」
「君に会えて充分。」
「hydeが元気で充分。」

誰かに話したい。
誰かに聞いて欲しい。
誰かに語られたい。


悶々とそんな想いをリフレインして私の黑ミサは終了です。。

長い長い感想文という備忘録におつきあいいただきましてありがとうございました。


ここからほぼひとつき経ち、hydeの姿がなくてもがっちゃんやYOSHIKIさんの口から出る「hyde」と言う固有名詞に慰められ、ハイドラがHYDEroomで聴けるようになって間口が広くなったことが嬉しくもあり、なんとか毎日過ごしているせいらでした。






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黑ミサのアコースティックな夜 ②
さて、いよいよkenちゃん登場なんですが。

その前のMCでVAMPSについての話を。
急な発表でビックリさせてしまったお詫びのような言葉と、解散ではないことの意味をさらっと。
深く語るのではなく、あくまでさらっと話されたのが印象的で、HYDEが重く語ればファンがもっと重くなることを知っているからこそなのかなと思いました。
言えないこともたくさんあるだろうし、誰がどうのではない事もファンはHYDEの言葉から出るから信じられるのだと思ったりもしました。
こうしてちゃんと自分の言葉で話してくれるのは嬉しいことです。

再始動を誰よりもHYDEが楽しみにしているんだなって思わせてくれてから
「もっと扱い難いバンドから一人引っ張ってきました。kenさんです。」

さすがにここでの歓声は遠慮なかったですよね。

kenちゃんが颯爽と言うよりどぎまぎしたように出てきました。
ステージ袖で泣いてたそうな。。。。
このコンサート前のツイッターでリハでHYDEの歌を聴いて感動して泣いたとつぶやいてくれたkenちゃん

そう、今私達が聞きたいのはそういう言葉。
HYDEがいかにリスナーを感動させることのできる素晴らしいボーカルなのかっていう価値をきちんと言ってくれる身内からの発信。
だからjinちゃんのブログも凄く嬉しかったのです。

その後の二人のやりとりに、HYDEさんが一気に和んだような、ときほぐれたような雰囲気になってると感じたのは私だけじゃないはず。
笑顔が楽しそうで、その流れでちょっとkenちゃんをからかってから2分の1のラルクのコンサートがオーケストラを従えて始まりました。

Hurry Xmas
私このCD何枚持ってるかしら???とふと思いました(笑)
初めて聴いたとき、ジャジーとは言われてたけど、それよりゴージャスな印象が強かったように思います。
なのでこのオーケストラ生演奏はなおいっそう迫力があって贅沢な気持ちになりました。
ディズニーの世界観とも言われていましたが、HYDEさんの本当にクリスマスを待ちきれないワクワクした歌声になぜか涙が出そうになって。。。。
「プレゼントははまだ隠しておいて」って歌詞で、懐にプレゼントを隠す仕草がいじらしくて。
プレゼントを開いたときの相手の喜ぶ顔を想像すると、こんな幸せな表情になるよね!っておもいましたっけ。

winter fall
凄い幸せな歌から冬の別れ歌に。
美しい旋律に美しい詩。
これが歌えるのはhydeしかいない。
あんなに幸せだったのに、何があった?
雪のきらめきにも似た恋の時間を失ってしまったんだね。
冬の恋を引きずってる彼に早く春が来ると良いのに。
なんてメロディの透明感に流れてしまいそうだけど、この詩はそうとうつらい。。。。

MY HEART DRAWS A DREAM
夢描きます。
描きますとも。
hydeが両手を広げて促せば歌います。
声そろえます。
遠慮なんてしません。
だってhydeは歌って欲しいんだよ。みんなに。
降り立った彼方で目を開けたら、笑顔のままのhydeに逢いたい!!(号泣してました。。。。。あみりんさんが)

叙情詩
エロスとアガペーって相反する言葉が交錯するんです。この歌。

私の中でhydeというひとはその歌唱法(息継ぎやファルセット含め)がすごくセクシャルな部分を刺激する人なんですが(「花葬」はその最たる曲だと思ってる)叙情詩の歌詞があまりに純粋で深いから、
誰ですか?
天使ですか???
てなるんですよ。
心を込めて大切に歌い上げる。

hydeの声域の一番心地いいところをぐいぐい拾い上げて語られる詞、愛することの素晴らしさを自己完結してて切ないというより羨ましいと感じてしまう。
そんな愛を経験した人はどれだけ季節が巡っても枯れないって。。。。
ストリングスが美しくて壮大で、圧巻でした。

ところで、L'Arc曲になってからhydeさんは立って歌っていましたが、kenちゃんは腰掛けての演奏だったんです。
kenちゃん、素晴らしい曲をありがとうとふと見たらkenちゃんのたうち回るようにギター弾いてました。
わかる。。。座ってじっとしてなんていられない感じがひしひしと。。。

そしてそして、a silent letter
正直に言うと私この歌苦手だったんですよ。
REALの時、ナゴヤドームでみたL'Arcで一旦L'Arc熱が沈下しましたもんね。
(うそでしょ??せいらさんが???と思われるでしょうが。)
あの時のL'Arcがどういう状況だったのかTHE HYdeで知ってなるほどなといちいち記憶を引きずり出したくらいには。。
とにかく殺伐として感じたのです。雰囲気が。
そして、この歌のシンプルで色彩のない暗がりのような世界に、全然自分が望んでない嫌なものに引っ張られてる感じがしたんです。
これを聴いていたとき(ミラーボールみたいなキラキラした球体をhydeが持っていたような記憶)
早く終わって。もういいから。
って唱えてたような気がします。
この歌の難解な旋律と(地声の高音部聞けたものじゃなかったの。無理してて)繰り返される
迷子になった幼い時のようだね・・・・さよならは
がまるで呪文のようで苦しかった。

それが、ですよ。
もう、身も世もないほど感動してしまったんです。
いまのHYDEの状態がリンクしてしまって、例の一人ぼっちでうずくまる幼い彼を描いて切なかった私の琴線にこれでもかってほど響いてきたのです。
彼は決して弱々しい人ではないです。
挫折を挫折にしない強靭なハートを持ってるってよく知っているはずなんです。
なのにこの曲のこの歌詞のこのメロディのサビの伸びやかさに打ち震えるんです。
hydeの歌唱力がこの曲の持つ力に負けないところまで来たという実感、この静かな曲に暗ければ暗いなりの墨絵のような色彩で描いてくれるその歌唱技術に体がこわばりました。
気持ちだけが突っ走る技術の伴わない歌は滑稽だし、ある意味独りよがりで気持ちわるいものになってしまうけど、そこにクオリティが加われば人の心を打つのは案外容易いのかもしれません。

forbidden lover
無敵です。
いつもならゆっきーの正確で歯切れよく容赦のないドラムがガンガン責めてくるほど強く感じるのですが、黑ミサでは少し遠慮気味なリズムです。
抑えたドラムに抑揚をつける楽器たち。
そのせいか、ラルクであってラルクではない感じがすごく新鮮でした。
hydeの歌唱は変わらないのに、メロディアスなんですよ。
この曲の絶望感が救われない終わり方をしていなくて美しい印象が残りました。
あぁ、平和って素晴らしい。
hydeの心にはいつも反戦と平和への思いが揺るがないと、この曲をチョイスしてくれるたびに思います。

雪の足跡
冬って暖かいよね?
のMCが本当にぴったりくるストリングスと優しい声と優しい詩。
kenちゃんの綺麗な感性とhydeの慈愛に満ちた表現力。
ただ、ただ、この可愛らしいふたりの幸せがずっと続いて欲しいと思わせてくれる心洗われる楽曲だと思っています。
こちらまで泣きたくなるほどの幸せを感じます。

で、星空なんですよね。。。。
forbidden loverが反戦歌で国同士が交わらない不毛の悲劇を歌ったものだとしたら、これはそこに生まれた人々の個々の悲劇を歌っています。
平和に対する狂おしいほどの希求を前者では惜しげもなく感情的に訴えているのに対して、後者は戦争の虚しさと平和がどれほど美しいのか教え説く聖職者のような我慢強さが伺えます。

炎と水、動と静、荒れ狂う海と冴え渡る星空。

真反対の手法で同じ目的を見据えてる。
こういうところがL'Arcの素晴らしいところなんだよなぁ。。。。

ここでkenちゃんとオーケストラの皆さん退場。

kenちゃん、ありがとう。
kenちゃんが不完全燃焼状態じゃないかと思って誘ったとhydeは言っていましたが、kenちゃんが気持ちよくギターを弾いている姿を見て、hydeの瞳はプリズムだからどんな曲も安心して持っていけるとか、そうすれば素敵な歌になって帰ってくるとかリスペクトを語ってくれたのが何より嬉しかったです。
しんみり語るでもなく、大袈裟に言うでもなく、長い付き合いだからこその尊敬が伺えて感動しました。
パリ公演のドキュメンタリーで、ゆっきーが語ってくれた、後ろから見てると一段高いところにいるような気がするメンバーたちへの賛辞はそれぞれが本当にそう思ってることにほかならないわけです。

冬の暖かさを一生懸命kenちゃんに語ったであろうhydeに「はいはい」と受け流しながらも感化されていく様子もL'Arcファンが聞きたくて聞きたくてたまらなかったオフトークでした。


そして最後に未来世界
アルバムで子守唄だと言っていたこれを初めて聴いたとき。
hydeでもそんなふうに思うことがあるんだと切なかった記憶が、今でも心に傷になって残っていてコンサートのラストがこの曲だと相当落ちるだろうなと予想していました。
落ちるというか悲しい。。。
未来に託す、ゆずり葉のような「先駆者は捨石だよ」のような。。。。
そんな諦めの言葉を聞きたいわけじゃないと思ったりもしたけど、愛する人に未来を託すことができるのは諦めというより嬉しい夢なのだろうなとも思ったんですよね。

子供が生まれた時、自分はやれなかったけど子供にはやらせてあげたいと思ったことがたくさんありました。
そんな想いだとしたら、親として深く頷けるのも事実かなと。。。

途中でhydeが泣きそうになっていたのがわかりましたよ。。
hydeが歌い終わって静まり返ったとき、座って聴き終えた観衆が立ち上がり拍手を始めました。

最初驚いたような顔をして客席を見て、笑顔で頷きながら手を振ってステージの隅々までご挨拶しながらの退場でした。


しばらく椅子に座ってぼーっとするあみりんさんとわたし。
途中からあみりんさんがずっと泣いていて、私は緊張と感動とでハンカチを握った手がこわばったまま開かないのに苦笑いです。
結局「リラックスして」と何度かhydeが言っていたような気がしますが、最後まで緊張がほぐれず、震えてばかりで涙は出ませんでした。
寒かったわけじゃないんです。
返って暑いくらい暖房利いていましたし。

なんだったんだろう。
冷静じゃなかったことは確かです。

hydeが元気だったこと。
歌が素晴らしかったこと。
ちゃんと前を向いていること。

すごく嬉しかったんです。
ひとりぼっちじゃないってことが。

これからどんな活動になるのか、本人もまだ何も決まっていないというし、本人がわからないものが私たちに分かるはずもない一抹の不安もあってか、そんな当たり前のことに固唾を飲んで確認していたような気がするこの日の私。

あんな近くでhydeを見て勝手に夢にしてしまったわけじゃあるまいな。
とかセルフツッコミするせいらでした。

23日の感想でした。
長々読んでくださってありがとうございました。

黑ミサのアコースティックな夜 ①
黑ミサの力強く美しい人
活休発表からこちら、Jinさんの素敵なブログに助けられ、黑ミサ富良野でのHYDEさんの様子をお知らせしてくれるツイートに心救われ、いよいよ黑ミサ当日がやってきました。

あみりんさんとホテルで着替えパンプスとお土産持っていざ幕張メッセ!

早朝からのツイートで物販がとんでもないことになっているのを知りましたが、今回のkenちゃんとのコラボグッズやら、Roentgenの復刻的なグッズやネタバレパンフレットはどれも魅力的で並ばずにはいられません。
グッズ会場に来てこれだけの人が着席できるんだろうか?
とかのおこがましくも嬉しい気持ちが湧いてきました。
いつものライブでは見られない装いのファンたちが、どのくらいここで待ってるんだろう?
アルバムの数曲が何度か繰り返し流される物販ブース。隣ではリハーサルの音が漏れ(音漏れし出すとBGMの音量が上がる。笑)。

あぁ、HYDEは生きている。
今リハーサルしてる。
この仕切り1枚隣で。

何年か前にさいたまスーパーアリーナでのリハを見学させてもらえる機会があって、REPLAYのリハを長女と見たことを思い出しました。
フロアに関係者しかいないだだっ広い会場のステージで、動きをチェックし目線まで合わせ歌も本気で歌ってたHYDEさんが思い出されました。
リハーサルがあんなにきちんとされるものだと知らない一般人ですからびっくりしたのと同時に職人気質が伺え、「プロだね。すごいや」と長女に言われてすごく誇らしかったっけ。

そんなリハーサル真っ最中なんだ。
あぁ、HYDEは生きていると再度思いました。
当たり前のことが感じられることに安堵し、「これからROENTGEN聴いたら物販列並んだ記憶が蘇るに違いない」とあみりんさんが言うくらい待たされても幸せだった私。
待機列はディズニーで慣れてる(威張り!)し、その間にも途切れないあみりんさんとの会話を楽しめるのも私的には凄く幸せな時間でした。(足は痛かったけど。)

ここにいる皆、HYDEが大好きなんだね。
少なくともこのとんでもない列を耐えてグッズを買いたいと思う位には。
なんて言う同族意識!シトワイヤン!!(ベルばら風に)

次々にソールドアウトをお知らせされて落胆したり安心したりを繰り返し何とか買えるもの色々購入。
eriさん、まこっちゃん、まあたさん(いつも私を発見してくれる凄い目利きのお嬢さん)そして、偶然通りかかったおっちゃんと遭遇してテンション上がりました。
数々お花も届いてて、YOSHIKIさんやらBREAKERZやら嬉しかったんですが、最後にオブリから届いたのが嬉しかったというか、安心材料になりました。
オブリのライブにHYDEが花贈ってたからお返しだよって聞きましたが、何であれおかしな別離でなければほっとするんです。

いつもの仲間とも合流しいよいよ入場。

SS席のチケット持って薄暗い中に入りました。
赤い絨毯が敷き詰められ、ろうそくに見立てた灯りとグレゴリオ聖歌が流れる中、厳かな世界にいきなり放り込まれたような緊張感で着席しました。
もう、あのごった返した物販と仕切り1枚で区切られてたなんて思えないくらいの別世界。

私たちを迎えてくれる薄暗くて荘厳で優雅な世界。
ここはHYDEソロの爆音とは別の、静寂で宗教じみててある意味、彼の最も柔らかい優しさや慈愛や孤独に包まれた深層にある聖域なんだと思いました。勝手にですけど。

いつもVAMPSでもL'Arcでもそうなんですが、HYDEさんのこういう二面性というか多面性に驚きます。
ひとたび音に合わせて口を開けば、研ぎ澄まされた切っ先に立つような曲もナイーブで叙情的な曲も、オールマイティに自在に操りありありと情景を表現できる吟遊詩人のような人なんだなって。。

オーケストラ、サポートの登場が続き、センターのHYDE椅子の隣に置かれた街灯のようなかごに明かりがともりHYDE登場。
ああ、かごが光ってる。
こういうファンがぐっとくる演出のセンスにも感動します。

現れた彼は、黑ミサのネーミングにふさわしいオールブラック。
ワンサイドアップにセットされた流れるような金髪で、優雅にやってきました。

SS席、頭のてっぺんからつま先までほぼ障害なく肉眼で見られる素晴らしい席でした。あみりんさんありがとう。
感謝しかありません。m(__)m
こんな間近でHYDEを長い時間見たのはラグーナ以来かな。。。。

HYDEを近くで見たい的な話になると、すぐ「顔」というかビジュアルに結びつける人は大勢います。
暴力的に「どこが好きなの??顔??」と聞かれて握り拳作ったことあります。
ビジュアルの完成度は否定しませんし、一般の興味のない人が言う分には全然傷つきません。
でも、音楽に触れている(たとえばミスチルやサザンやいわゆる大御所含む)人に優越感を持ってわれると「顔も好き」と応えながらもこいつとは音楽の話もHYDEの話もしないと心に決めたりします。
やたら地声で高音部出せるボーカリスト至上主義や、「音だけが全て」みたいに語るうんちくも、ハイハイってなって、じゃ、ライブ音源だけでも満足できそうだね。なんて言ったこともありますよ。私。
それは各々の価値観であって、それを引き合いに他者を下げて良い事にはならないから。

HYDE自身がセルフプロデュースする時点でその価値を十分理解しているし、そもそも大石社長がデンジャーにラルクを引っ張ったとき、HYDEを見て売れると思ったと言っていましたしね。
最初は見た目で全然かまわない。
間口を広く持ってそこから音楽を聴いてもらえばと言うてっちゃんの言葉にもあるように。
綾小路翔さんが、「もしビジュアルが一般的だったらL'Arcはもっと正確に評価されたはず」(意訳)的なことを言われていたことも思い出します。

とにかく、このくらい語ってから本編に入りたいくらいHYDEが美しかったことを言いたいわけですね。

そう、声も楽曲もビジュアルも全てひっくるめてHydeと言う人に他ならないから。





VAMPS活動停止と黑ミサ当日に至るまでの鬱屈

明けましておめでとうございます。

多分これからも相当気合いと書きたい衝動が起きない限り更新はないでしょうが、ツイッターで収まり切らないものについてはここに書き留めたいと改めて思うせいらです。


ここは私の思考の歴史、忘れたくない色々な想いのチェストと思っていますので本年もどうぞ宜しくお願いします。


そして前記事にたくさんの拍手ありがとうございます。


今回は黑ミサでの孤高で孤独な美しい人の話がしたいです。

想いの垂れ流しになるので面倒くさいほど長いです。


話は前後するんですが、毎年富良野で行われていた黑ミサが今年幕張でも行われる事が発表され、北海道まで行くお金も時間も心の余裕もない私(含む大勢のファン)が小躍りしたところから始まります。。

まず富良野の厳かな空間であるからこそ、その価値が価格と見合うのではないかと思われる憧れの黑ミサ。
幕張メッセの無機質な無駄のない施設をどんな風にアレンジするのか、価格帯によって初めて座席に優劣が付くことを認めたコンサート(ライブではなくて、コンサートです)になることが凄く興味深かったです。

きっとこの会場を一歩入れば黑ミサと呼称するにふさわしい会場にすることをHYDEさんは色々考えているんだろうなと。



チケット取れるのか?

スマートカジュアルとはなんぞや?

こんな大きな会場でソロ、しかもオーケストラなの??


海浜幕張からメッセまでパンプスでは歩けないよね??

とか、その後の爆弾発表を知らない故の平和な期待と悩みをみんなでわいわいツイートし合っていたわけです。

チケット確保(あみりんさんが23日SSなんて神チケ当ててくれたので更に有頂天。まぁ、私が担当した24日は安定のAでしたが)でき、支払い終えてからはもっともっとワクワクしたテンションでいたのです。

その日の出社前
「今日帰る時間にはMステスーパーライブでラルク出演!とかってツイッターが賑わっていたら良いな~」
なんて脳天気な朝の挨拶してた私。



思っていたのとは真逆というよりたちの悪い冗談みたいな発表を知って愕然となりました。

この辺はまえの記事の通りです。

何で?

どうして??

から始まり、UNDERWORLDTOUR幕張でステージからはけるとき、HYDEさん「また戻ってくるから首洗って待ってろ」って言ったっけ???

なんて記憶の検索が始まりました。


あのとき確か来年はレコーディングでしばらくライブはないって言った。


客席にスマホで明かりをつけさせてその明かりが揺れるのを歌いながらスマホ動画で撮影してた。


客席だけじゃなくて、メンバーもゆっくりゆっくり撮ってたよね。。。。

あんな事今までしたことなかったじゃん。。。。

なんてヤツです。


こんな大きな決心をするだけの予兆がなかったか必死に辿って、そして悲嘆に暮れました。



色々自分の理想のライブにファンを導びこうと、あえて批判を受ける覚悟を持ってブログにしたためた彼。

案の定ツイッターは大騒ぎでしたが。。。

最後の箱ライブでそれは彼の理想通りになっていただろうか???

こんなにキッパリ止めてしまうのなら、ファンも一緒にライブを造り上げる要素だと言いきって、どんなファンも可愛いと言ってくれた彼に誰もが満足を感じさせてあげたかっただろうし、そうなっていただろうか?と自問せずにはいられなかったはず。


とにかく、オーバーヒートという言い回しに脇目も振らない前のめりな活動について行けないメンバーやスタッフはいたであろうと簡単に想像でき、K.A.Zさんにはオブリ活動中ということもあって、ひとりになってしまったHYDEに対する憐憫の情ばかりが溢れて涙しました。。


何が辛かったって、活動を休止することでここまで必死に積んできたものをさらに積み上げることが何年先になるのか分からない、もしかして本当に再開したとしてその時はまた最初からになってしまうのじゃないか?って言う恐怖にも似た感情がやり過ごせなかったことです。

ただの一ファンの素人でもそう思うんですから、これから先何年こんな活動ができるか分からないと常々言っていたHYDEが、それこそ数年先またVAMPSに戻ってくる気概を持ち続けることが可能なのかという不安もありました。

そして何より、今でさえ場違いな年齢を抱えて参戦してる私が数年後もこんなカオスなライブに来られるんだろうか?いや来たいと思えるのか??

なんて、疑心暗鬼もあいまって。

そんなこんなで整理のつかないまま、幕張黑ミサに対して私的にはかなりの悲壮感を抱いての参加になったわけです。

そこには一人ぼっちになってしまったHYDEが寂しげな風情で佇んでいて。
。。

それこそ相当な孤独に襲われているのではないかという、こっちが勝手に思い描く頼りないまでに脆弱で幼いHYDEが。



そしてそれがHYDEに対してとても失礼な杞憂だって事にすぐ気付かされたのは嬉しい誤算でした。



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