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親の気持ちと子供の心
13日(木)
VAMPARK行ってきました。
14日(金)
会社で新システムのオペレーションテストがありました。
15日(土)
私にとってのツアー初日でした。

VAMPARKはやはり映像ですね。
AB両方観られるように3回目と4回目で続けて入場し、4回目のBは3回通り映像だけ見て帰ってきました。
どちらも良かったですが、やっぱりあのフェスの顛末の映像には心に来る物がありました。
あ、ほんのちょっとネタバレちゃうからだめな人は回れ右でお願いします。

まず日本ではあり得ないほど情け容赦のない止め方をするんだなとビックリしました。
ほぼ体当たりのよう。。。
小柄なHYDEさんがでっかいスタッフに突き飛ばされてるようにしか見えなかったですからね。
あの大音量の中中断させるのも体力が必要なんだろうなと思いましたけども。。。

それをされた後のHYDEさんが「ホワイ??」な感じで両手を広げ肩をすくめた様子に痛みを覚えました。
最初全然のってない観客がそれでも少しずつリズムに合わせて揺れてきているのがわかるだけに、あのときはあっけにとられて退場するしかなかった彼らも後々はきっと悔しさがぶり返すんじゃないかと思いました。
ブーイングのようなVAMPSコールも確かに聞こえ、あのときVAMPSについては合格不合格二種類の真反対の記事が飛び込んできましたけど、正直あれほどディスられる(あえていうならぼろくそ)書かれた意味がなぜなのかわかりません。
ライターの音楽の好みやこのフェスのカラーと、VAMPSの演奏した楽曲がコンセプトを外してた、ただそれだけのことなら痛くも痒くもないと思えば良いのかもですがね。。。
少なくとも、それなら力量を評価されたと思わずにいられますから。
あぁ、いつもの双子さんが水着で二人で頭振ってるのが嬉しかったです。

そういえば止められてしまったことに気づかず、ずっとドラム叩いてたアーリーにパリライブのユッキーが被ってしまいました。
kenちゃんが撃たれた事に気づかず、ベースやボーカルが演奏を止めてもしばらく叩き続けていましたよね。。。

一曲なくてもちゃんと残せたと言い切って乾杯した彼らにブラボーと言っても良いんじゃないかと。。。
変な話私たちファンが自虐に走ってどうするんだと。。。
手応えはちゃんとあったと言い切ったVAMPSの言葉の裏付けはきちんと映像に残されてる。
それだけでこの映像を見る価値はあったと思いました。

そして14日私は、ちょっと立ち直れないような大失敗をしまして。。。。
多分テスト受けた職員の中でも最低ラインのできばえだったのではないかと、凹みまくりました。
いや、再テストになるだろう結果は月曜日か火曜日(この日だとライブ最終日で早帰りさせてもらうから結果は見られない)なので、まだ凹みは回復していませんが。。。
全然寝られず、3時半すぎ。。。。いくらなんでも翌日はスタンディングだぞ~~~。

そんな凹んだ気分のまま15日はやってきました。
みぃちゃん、ちさとんさん、Irisさん、安二郎さんとでびっくりドンキーでおしゃべり。
実はみぃちゃんも結構な悩みを抱えて、凹みまくってる私と二人でうじうじしてたわけですが(二人ともA型なので立ち直りが遅い。)そのとき交わしたたくさんのおしゃべりでみぃちゃんはすくわれたようでした。
ずっと前ブログに書いた「でんでんむしのかなしみ」です。
悩みを抱えていない人なんていないんだよ。ってね。。。
たくさんの人と話すと、たくさんの人の生き様を観ることができる。
小さな世界で小さな事に悩むことが、なおさら自分を小さくしてしまうことに気づくということで。。。
あのとき、表層的な話ばかりじゃなくて凄く嬉しかったな。
皆さんありがとう。。。

でもね、でもね、一つ言わせて。
親って時々無神経で、子供に深い傷を与えてしまうことはあるけれど、だからって愛していないんじゃないんだよ。。。。
親もこの年になって思うけれど、案外子供なんです。
親になったからいきなり人格ができるわけでもないんです。
子供故考えなしに放つ残酷な言葉にうちひしがれることは親の方が遙かに多いんです。
言った方の子供はおさないから忘れてしまうけれど。

ただ、少なくとも私は子供を憎んだり可愛くないと思ったことはありません。
「可愛くないことばかり言うんだね。」と言ったことはあります。
心底「バカ!」とののしったこともありません。(どの子も遙かに私より賢かったので)

今生きていてくれるみんな誰かの子供で、私もそうなんだけど、親の愛情を信じられない事ほど悲しいことはないなと改めて思ったのでした。
それこそ私は結構な暴力を母から受けてきたけれど、だから子供は絶対叩かないと長男を産んだとき思ったし、何でもして上げたいと思った。
旦那のためには死ねないけど、この子のためなら死ねるって本気で思ったよ。。。。

そして、みんな生きててくれてこうして出会えて良かった。
生きててくれることが親孝行だからね!!!。(だから体は大事にしてください。)
何も「親のためにしてあげなくちゃいけない」なんてことはないんです。
生まれてくれただけで、産んでくれた恩はすでに返しているんですから。

なんてね、そんな話題に何故だか走ってしまったびっくりドンキー。
一人親立場で「みんな愛されてるはずだ!」と持論を展開したせいらでした。

もう一回言うね。
親は案外子供です。
自分勝手だし、わがままだし、子供は自分の思い通りになると信じてる。
だからほんのちょっと意にそぐわないことをすると軌道修正を図りたがる。
子離れできていない親も多いし、子供の心配をしているようで、すでに親の庇護を必要としない子供の負担になってないかと疑心暗鬼になったりもする。
そして、自分の人生は何だったかと黄昏れたりもしちゃうんだよ。。。(残り少なくなってるからね)

みなさん、親を愛してあげなくてもいいから、自分が幸せでいてね。。。(それが親孝行だと思ってるよ)



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明日はVAMPARKその前にBLOODSUCKERSの感想をちょこっと。
ハロパの感想文も途中までで書き終わっておらず、
もしやこのまま日の目も見ずに下書きのままで終わることになるかもしれないぞ~~(ToT)
と、ちょっと最近の多忙と、自分自身への失望とでなかなか浮上できないせいらですよ。
こんばんは。

前から言ってたことですが、来年1月から、勤め先の信金のシステムが変わるのです。
それは本当に一大プロジェクトであることに間違いはないのですが、日中の業務の合間に新システムのオペレーションをマスターするとか短時間のパートには(しかも私のように老齢にさしかかってる職員には)ハードなんて言葉では片付けられない程の負担です。
でも、できないなんて言ってられない。許されない。
私よりうんと年上の人もそれはひたむきに頑張ってるわけで、、。
そしてR25のHYDEさんが「年齢を言い訳にすること」にもの凄く否定的だったのが、実は案外嬉しかった。
この人は、自分を鼓舞してる。
まだやれると自分に言ってる。
こんな大きな事をやっていてもまだまだこんなものじゃないと。
自分にかける負荷は人によってスケールとして違うけど、今自分にかけられてるプレッシャーは自分自身が何とかしなくちゃね。

頑張るって言葉は嫌いじゃない。
頑張ってる人を尊敬こそすれ、馬鹿にしたことはない。
頑張れない自分が恥ずかしいだけだ。

はい、さんざんブログが途中で止まってることの言い訳しました。すいません。

さて、名古屋は追加公演から始まるVAMPSツアー2014。
私はVAMPARKが最初です。
そして、土曜日、最終日と2日間のライブ参戦になります。
ZEPPでお会いできる皆さん、■D\(^^宜しくお願いします。

去年まであまりワクワクと待つことがなかったVAMPSですが(いや、結果もの凄く良くて東京追加公演行っちゃいましたけどね)今年はちょっと違います。
アルバムがあるとないとでは大違いって事でしょうか。。。
いや、そのアルバムがすばらしかったのでなおさらなのです。

まだ、曲のタイトルと誰が作曲者なのかとか細かなことは結びついてはいないのですが(通勤の車内で流しっぱなしなだけので)そのうえでの感想ですので勘違いとか色々あったらすいません。

BLOODSUCKERS
一曲一曲を歌詞カード片手に聴き込んでいるわけではないので本当に自分の感じたままをちょこっと書き留めておこうかな。
な程度なので浅いかもしれませんが。。。。

まずね、1曲目からぐっときたのです。
何だろう。
このイストルメンタルなピアノ曲は。。。桜がはらはらと舞うような「和」のテイストで飛び込んできました。
同じフレーズを繰り返すハノンのようで、クラシック曲を練習する前に必ず複雑なハノンの練習をしていた次女の面影なんかも見ちゃったりして、私、泣きそうになりました。
和であるはずがないのに和で責めてくるのはSAYONARA国立のL'Arcのオープニング映像の転換場面で三弦を鳴らすというそのコンセプトに符合する演出の妙なんかを思いだされます。
いや、この曲は和ではないですよ。。。
ないんですがね。。。
バンクーバーの高橋大輔がエキシビションで踊った曲とラインが似てて、その衣装に桜があしらってあるのがもの凄く幻想的ですてきだったことなんかの記憶とごちゃごちゃになってるのだと思われます。
とにかく、今までのアルバムのオープニング曲の次の曲への導入という立ち位置的な感じとも全く違って、これを聴いただけでこのアルバムに対する期待が上がったのでした。

シングル曲を除けば自分たちのやりたい理想の曲だから楽しいとHYDEさんは言っていたけれど、凄く振り幅の広い楽曲ばかりでしたね。
そしてHYDEさんの韻を踏んだ英語詩が今更ながらめちゃめちゃ楽しいと思ったTHE JOLLY ROGER。
これとその部分に日本語をちりばめたGET AWAYはそういう意味で秀逸な感じがする。
特にTHE JOLLY ROGERはHYDEさんの向かっていくべき道が、何かもの凄く明るいと思わせてくれて元気が出ます。
この旗の下に集まってみんなで航海にでる。
荒波が来るかもしれないけど、前途洋々な未来も見えるようで頼もしい。
そういえば今朝、ちょうどこの曲がかかってるときに前を走ってる車が真っ赤なエクストレイルでしたよ。
VAMPSのステッカーでも貼ってあったらもっとテンション上がったでしょうが。。。。

あとVLとかはこのアルバムの中でとても柔らかくて美しいところにあったりと、全体としてもの凄くメリハリのある、春夏秋冬起承転結みたいな。。。。何というか、シングル曲が無理なくその流れにはまり込んでる凄くクレバーなアルバムにも思えたのでした。
どれか一曲でもコンセプト的なまとまりから外れた曲があるものなのだろうけども(とくにシングル曲は仲間になりきれないことが多いよね)近未来的な流れになればそこにはまるし、郷愁をさそう切ない流れが来ればそこにはまるっていうね。。

そういえばハロパでたつろーさんに
「ヴォー!(デスヴォ)ってどうやって出すの??」
って何度か聞いてましたっけ。
私は別にそれが聞きたいわけじゃないけど、HYDEさんは出したいのだろうねぇ。。。なんて曲もありました。

あれやこれや、感心したり感動したり、これを生み出すまでの苦労なんかをおもんばかってしみじみしたところへINSIDE MYSELF がラスト曲として流れてきます。
これね。。。
最初に聴いたとき運転しながら泣きました。(大げさでも何でもなく)
QUEENの「WHITE QUEEN」を聴いたときの感動が蘇りました。
静かな導入部から短調なメロディラインに乗せて弦とドラムが盛り上げてまた静寂に帰る。
繰り返すフレーズがリフレインになって切なさを増幅させるのだけど、この終わり方がオープニングに続いていくようで、ますます切なくなるのです。
これは他のミディアムナンバーとはちょっと違う。
聴かせ曲のようでありながら、凄くロックなんです。
凄く荒削りな感じがするのは、これからメジャーに出ようと意気揚々な頃のQUEENと被るからなのでしょうか。。。。
凄く凄く若い感じがする。
そしてHYDEさんのインタビューがまた思い出されて、感動するのです。
老成するのはまだ早い。

ここでぷちんと終わらせないラストの余韻で、このアルバム自体凄く上品だったことに気づきます。
収録曲がいかに荒くれているロックであろうと、洗練されたニューウェーブのようであろうと、ヘヴィであろうと、メタルであろうと、このオープニングとエンディングで抱擁してしまうのだなと。。。。。。
JU-KENさんが言ってた「あにぃの想い」私はそんな風に受け止めました。

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