スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私は幸せもんだ。
天野喜孝×HYDEの詳細が出まして→ここ
実は既にワクワクそわそわのせいらです。
こんばんは。

まえ、芸術家のアーティスティックな部分を刺激し続ける「モチーフになりうるhyde」でいてほしい的な記事を書きました。
そうしたら、本当に天野さんからのオファーだったのですね。
あ、この説明文だとそう受け取れます。

それこそ芸術家になりたかったHYDEさんにとってこの方からの働きかけがいかに嬉しいことだったか想像するだけで心ときめきます。
どんな分野であれ大成できるアーティストには欠陥などあってはならないのだろうなと想像するからです。

イラストレーター(画家含む)にとって色の基本が理解できないのは致命的だろう。
抽象画家であっても基本は写実を経てからの抽象画なのだ。
耳が聞こえない音楽家(ベートーベンであれ、フジコヘミングであれ)も静寂から始まったわけではないのだから。

ただ、それに進まなくても才能を活かす音楽という道があったればこその今なんだろうなぁ。。

タツローさんのラジオでジャケットを作成してる時は没頭できるけども、K.A.Zさんのように音作りの作業に時間を忘れることはない的なことを言ってたHYDEさん。
「僕はこっちの人間だと思う。」
そう。
好きなことを仕事にできる喜びは「仕方なく」仕事してる私にはあこがれでもあります。
なので、HYDEさんが少なからずそういう部分も満足できているだろうと想像して、まるで母のように嬉しく思うのです。

で、今日早速平日の前売り券を発券してきましたよ~~。
8月。
その前にZEPPでライブがあるのに、なぜか気持ちは原宿なのでした。


そして、今日、ずっと面会に行けなかった母のところに行ってきました。

次女が東京に行ってしまってから一度面会に行ったとき、なんだか絶不調の日だったらしく、メチャ落ち込んで帰ってきました。実は。
それから二の足踏んでしまい、母がどういう状態であれ変わらず見舞いに行く兄夫婦に顔向けできないと思い。
今日こそは!
な決心で。

もしかしたら、もう存在すら忘れてしまってるかもしれない「さっちゃん」のことも話してきました。

母は「えぇ??」って聞き取れる大きな声を出して驚いていました。
「まだ若いのに。」
って。
「さっちゃんのこと憶えてる??」
と聞いた私に妹さんの名前やお母さんの名前もすらすら。。。
「なんで??」
と聞かれ、その時の状況などかいつまんで説明したら、しばらく絶句してたあと、、、

「私は幸せもんだ。お兄ちゃんも、あんたも、元気でこうしてきてくれる。」

って。。。。
お母さん、すごい。今日調子いい。
そう思ったらあとからあとからさっちゃんの話をせずにいられなくて。。。

「あんたとライブに行けるのが嬉しいって、小さい頃から深い付き合いだったのが今頃また復活してライブ行けて嬉しいってさっちゃんが言ってたって」

おかあさん、さっちゃんのお母さんとの会話、まだおぼえていたんだ。

嬉しくて。
嬉しくて。
泣きながら喋ってきた。

母は泣いてる私を心配そうに見てた。

「私は幸せもんだ。」

ああ、母が、どういう精神状態なのかは分からないけれど、本当に生きている母と話しができたことが嬉しかったのです。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。