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I'm so happyと思える人生。?
もたもためそめそしてたら、どうよ。もう今週末神戸でハロウィンよ。
長女に後押しされて参戦です。

その長女、産後一ヶ月を過ぎ、日曜日に社宅に帰っていきました。
がらんとした居間に赤ちゃんやら上のお姉ちゃんやら長女やらの残像を探してはため息吐くくらいは寂しいです

ここ何日間、L'ArcもVAMPSも頭をかすめないって、「ちょっとどうしたのよ!せいらさん!」ってこのブログに来ていただいている方にはにわかに信じられないだろう状況だったんです。
まぁ、先日もちらりと愚痴ってはいましたので察してくださる方も何人かいらっしゃって本当に申し訳なく思っています。

この話はこれで終わりにしますから、ハロウィンを前に心の整理を付ける意味で書かせてくださいね。
あ、ただの泣き言ですから。
こんなHYDEテンションの高い日々に水を差したくない方はスルーで。



私は元々母一人子一人の状況で育ちました。
そこに兄が加わったのは兄が大学受験、私が高校入学の時からです。
母は幼稚園の先生をしていました。
何事にも信念があり、偏屈で頑固で。
私は一歩間違えば虐待じゃないかと声を大にして訴えたいくらい毎日叩かれて育ちました。
後ろ盾が何も無い女性が子どもを育てながら生きていくのは(今よりもっと保護のない時代で)簡単な事じゃなかったので、母には背負う物や守らなくてはならないものが普通よりかなり大きかったはずなんです。
母子家庭も1クラスに1人いるかいないかの時代。
生き抜く上での母の感情の発露の先は幼い私しかなかったんだろうと、理解していますし、子どもの頃でも分かっていました。(子どもって聡いんです。オトナが考えるより。)

とにかく恐ろしい人で私はいつも顔色をうかがってくらしていましたし、逆鱗に触れるのが死ぬほど怖かったのを憶えています。
でも、信頼していました。
彼女はすごくまっすぐな人だったので。
そして大きくなるにつれ、「愛されている」と感じられることが増えてきました。
子どもだから気付かない母親の気持ちが、自分が成長することでくみ取れるようになっていったんです。
あれほど殴られたのはどうしてだったのか、一分の反抗も許さなかったのは何故だったのか。
それは「片親だから(こういう言われ方した時代です。)こんな子になった。」
と世間に言わせたくない母のプライドがそうさせたのかと。

無事社会人になり、嫁ぎ、母とは同志のような関係になっていました。
良き理解者で、それでも娘が間違いそうな時は「そうじゃない」と言ってくれた人でした。
盲目的には娘の言うことを鵜呑みにしないって言うね。

そういう公平なバランス感覚を含め女手一つで私を育て上げた母を本当に尊敬していました。
パーキンソン病にかかり、腰の骨を折って介助なしでは歩けなくなっても。

そんな母が。
「あんた、名前はなんていうんだっけ?」
って。。。。。。

徐々には進んでいたけど、ほんの2週間前までは
「やっぱり○○だね。靴音で来たなってわかるよ。」
って言ってたのに。
「○○だよ。」
って答えたら
「そうだよね。そうだと思った。でも、ちょっと違って見えたんだよ。」
と。
その後も通じているようで通じていないやりとりが続き、食事をするために看護士さんが車いすに移してくれている時にカーデガンを着せてあげるまでが精一杯だった。

泣けてしまって・・・・・。

食堂に向かった母を待たずに逃げ出してしまった。
半分くらいになってしまった小さな背中も、あれほど着道楽でおしゃれだった片鱗もなく、今初対面で母を見たらば軽い認知症の老婆でしかない。

こんな悲しいことはないです。

母となった今、「私が」一番大事に思う人ではなくても、「私を」一番に思ってくれた大切な人を失ってしまったのだと実感させられて。

泣きながら片道40分を運転していました。
カーステレオが「XXX」から「I'm so happy」。

「どんなに変わっていこうと笑い飛ばしてよ」

笑えないよ。hydeちゃん。
ただただ泣けるだけだよ。

この歌は「そのとき」を迎える本人の歌であって残される人の気持ちを歌ったものじゃないから。

オリジナルを初めて聴いたときも衝撃を受けたけれど、ラコースティックバージョンはこちらの年齢も重ねてきてるから心臓を鷲掴みされたような「ぎゅっ」って圧迫感を感じる。
辛くて辛くて初めて大好きなL'Arcの曲を飛ばしました。

正しく号泣って感じで帰った私を長女も次女もすごく心配してくれて
「仕方ないことなんだから泣かないでよ。」
って言うけれど。
「でもね、お母さんのことを愛してくれた人は、もうどこかに行っちゃったんだよ。死んでしまったんだよ。」
子どもに駄々こねてどうするんだって感じだけれど。
「そうしたら正気だったおばあちゃんの心はどこに行っちゃったの?その正気な心を弔ってあげたいと思うんだよ。今日は命日みたいなものだと思ったら悲しくて。」
「人間ってね、上手にできてるんだって。分からなくなるのが防衛本能なんだと思ったらいいんじゃない?」
まるで私を諭すような長女。
「でもこのたった2週間の間でおばあちゃんはどこかに行っちゃったんだよ。さよならもありがとうも言えなかった。」
ああ、このかみあわない会話。
さっき病院での母と私の話のよう。

私はどこかで想像してた。
母の最期の時。
「お母さん今までありがとう。心から感謝してる。」
って母の手を握る自分の姿を。
でも、それは母がちゃんと理解して旅立つという大前提があって。。。。
その最期を、母の心は既に迎えていたのかと思ったら寂しくてたまらなかった。
知らない間に逝ってしまったのか。と。


その日は一晩中泣いて眠れなかった。
翌日の瞼はそれほどでなかったけれど、目の乾きが酷くて参った。

昨日も会社帰りに次女を連れてお見舞いに行ってきました。
母はにこにこして(あり得ない笑顔)それでも病院と自宅を錯覚していたり夢うつつでした。
とりあえず私と次女のことは認識してくれて「来てくれてありがとう」とは言っていました。

これから先母の療養がいつまで続くか分からないけれど、きっと病状はもっと進むんだろうけれど、この人の人生をちゃんとみとれる娘でありたいと思います。


長い長い泣き言にお付き合いいただいてありがとう。


母の話はこれで封印します。
自分も老いて行くのだけど、親のスピードには愕然とさせられる日々です。
でも、もうすぐ神戸だし、元気出して行く意味でも書いて良かった。
いや、書けて良かった。


  
  




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コメント
この記事へのコメント
さえさん
おはようございます。
お気遣いありがとうございます。
さえさんの以前の書き込みのことはよく憶えています。
あのときもすでに母のパーキンソンは進んでいましたのでそれなりの心構えはあったんですが、今回は入退院を繰り返したせいなのか、色んな部分でへこむことが多かったのです。母自身にも。。。。
ハロウィンは、というかライブはそういう日常を忘れさせくれるパワーを持っていますよね。日常に戻ったときそれを糧にまた頑張ろうって。
なので感想文は心を込めて書かせていただくつもりです。
今回の私のブログでさえさんがお母様の気持ちを思い遣っててくださったのが嬉しいです。
ブログを書いていてこんなに嬉しいことはないです。なにがしかの影響をもし受けてくださってのことならなおさらです。
さえさんのコメントに感謝です。ありがとう。
2011/10/29(土) 08:29:07 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
こんばんは
先日、私がハロウィンに行けないので、ぜひ楽しんで来てブログお願いしますとお願いした、さえです。
ちょくちょくブログ拝見させて頂いていました。率直に言います。以前私が言った(書いた)事は無かったことにしてください。ちょっとコメントしただけなので気にしてらっしゃらないかと(せいらさんを悪くいうのではなく)思いますが、僅かでも心の隅に私の言葉が引っ掛かってしまう様だったら申し訳ないと思いました。
私は看護師で、また、祖父がパーキンソン病だったので、何となく状況は分かる様な気がします。
祖父は母方の祖父でした。祖母が病弱なことと私の母は一人っ子なことから、祖父と母の二人の時間が多かったと聞きます。ですから、せいらさんの今の思いを私の母も抱いていたんじゃないかと感じ胸が苦しくなりました。
状況は何となく分かっても、母の思いすらよく分かっていなかった私が、せいらさんの思いを分かるなんて言えません。でも、ライヴが楽しくてHYDEさんがステキでも、いつもの様なブログにするお気持ちにならないのではないかと思いました。
早めに伝えておこうと思っていたのですが、ライヴ前日になってしまいました。本当にすみません。
最後にちょっと…。今はつらい思いなどをどんどん吐き出していいと思います。せいらさんのまわりではご家族やブログの仲間さん(ブログの仲間っていうんですかね…)たくさんの方が思いを受け止めてくれているようなので。吐き出せば、自然と自分の思いを整理できて、人それぞれかかる時間が違っても、気持ちが落ち着いていくと思います。偉そうにすみません。
コメント長々とすみませんでした。文章もヘタクソで…。
ライヴ行くんですよね?HYDEさんの力を借りて、楽しい時間を過ごしてきてください!

投稿したつもりが、していないかもしれず、もう一度投稿しました。二度していたらすみません。
2011/10/28(金) 22:39:43 | URL | さえ #79D/WHSg[ 編集]
hirokoさん
ありがとう~~。

職員さんは本当に優しく接してくれて感謝の気持ちでいっぱいです。
うちの母は本当に我が儘なので大変だろうなぁって思うこと多いけど、友だちのようにお姉さんのように接してくれるの。
子どものように扱われるのが心底嫌いだったのに、今ではそういう優しい人が大好き。

「こんなのはお母さんじゃない。」
って思って辛かったんだけど、ニコニコしてる母も良いなってこの頃思えるようになりました。
早くそれを認める事のできる大人の娘になりたいものです。

いつも看護士さんや看護スタッフさんには感謝しているのです。
hirokoさん、こんな家族のためにもこの仕事続けてくださいね。
2011/10/27(木) 22:31:25 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
Unknown
お久しぶりです!
でも、ちょこちょこ覗かせて頂いてました!

仕事柄、そういった状況に置かれたご家族様と何時も接しております。。

本当に皆様お辛そうで、見ていて居た堪れない気持ちになりますが、少しでも力になれればと、スタッフ全員心から思っていますよ!

是非、介護職員にもご相談なさって下さいね!

でも、ふとした時に会話が成立する事もありますし、最初お辛そうなご家族様も、だんだんと状況を受け居られていかれます。。

そうすると、不思議なことにご入居の方の状態も良くなります!

今は辛いと思いますが、せいらさんファイトですよ!
必ず、穏やかな気持ちでお母様に寄り添える日がやって来ます!
2011/10/27(木) 16:41:30 | URL | hiroko #79D/WHSg[ 編集]
非公開(K)さん
すごく嬉しいです。
前向きになれるコメントありがとう。

そうだよね。
まず自分が元気で強い心があってこそなんだよね。。。
なかなか自分の弱さをさらけ出せない変なプライドが母譲りなのかと遺伝子に突っ込みたくなりますが、笑っていれば楽しいって思うこともあるんだし。

何よりこうしてナイーブな部分もコメント残してくれたことが嬉しいです。
2011/10/27(木) 09:08:46 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
ちさとんさん
>完了してしまった喪失よりも、進行していく喪失感は辛い。

これ、本当にズシンと来ます。
母はそこにいるのにね。もう母じゃないんだなって思うと切ないし辛い。。
私のことを忘れちゃってる訳じゃなくて、母の記憶の中の私と今の私が結ばないんだなって分かるから、どうかすると「しっかりして。おかあさん。」って叫びそうになるの。
きっと環境に慣れてくれば(状態がよいときもあるんだろうから)こんなに悲しむ必要は無いんだって考え方を変えてみようとはするんだけど、なかなかうまくいきません。
長年生きていけばこういう状況が来て当たり前なんだけど、どこか自分の母は殺しても死なないって思ってたりして、受け止めきれなかったりします。

お母様の命日だったのですね。
色々とフラッシュされること多かったのではないか、また、落ち込ませてしまったかもしれないと思うと申し訳ないです。

ガイシ、ちさとんさんのこと私もどこかで感じながら参戦します。
優しい言葉をありがとう。
2011/10/27(木) 09:03:03 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
とりあさん
ここ最近は毎日母のことしか考えられなくて、その状況が既にネガティブだったんですが、こうして文字にしてみると、どうして自分がこんなに苦しいのか見つめることができて助かります。
そして、コメントしづらい記事にコメントいただいてありがとうございます。
今日も診察なので病院に行くんですが、多分この日記を書く前よりは心構えができていると思います。

秋田からのエール感謝して受け取りました。
土曜日のハロウィンは思いっきり浸ってきますね。
2011/10/27(木) 08:48:22 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
栄さん
いつも背中を叩いてくれてありがとう。

こういう状況が目の前にあると、どうしても自分の感情の方が優先されちゃうんだね。
笑い飛ばせる強さを身につけなくちゃだね。母のために。
2011/10/27(木) 08:43:54 | URL | せいら #79D/WHSg[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2011/10/26(水) 16:35:53 | | #[ 編集]
Unknown
仕方のないことだと分かっていても、自分の人生がどんなに恵まれたものか分かっていても、すごく寂しいことですね。残されるものの気持ち、やりきれないです。無理に封印して元気を出さなくてもいいですから、少しずつでも気持ちがラクになりますように。封印したほうが今はラクなのかもしれないですが。愛はあるんだ。愛は。の言葉が思い出されます。本当は分かっていらっしゃるんですよね、せいらさんを一番大切に思ったお母様の心、形を変えて生きてること。心の命日。くしくも私の母の命日に読んだ、せいらさんの言葉が他人事でなく思えて。完了してしまった喪失よりも、進行していく喪失感は辛い。この先のことを、どうしても案じてしまう。なるようにしかならないことは分かっていても、小骨が刺さったような気持ち。せいらさんは泣き言を言ってもいいから、無理しないで下さいね。ライヴが心の底から楽しめないかもしれないし、逆にめちゃくちゃ感動するかもしれないですが、周りに気を使いすぎないで、せいらさんの気持ちを大切にしてあげて下さいね。私はハロウィンは諦めましたが、ガイシは行きます。この会場のどこかにせいらさんがいること、感じながら祈ってます。辛いけど、アイムソーハッピーって心の底から言えますように。
2011/10/26(水) 02:27:27 | URL | ちさとん #79D/WHSg[ 編集]
泣きました
せいらさん、ブログ読みました。そんな思いをされていたなんて…。胸がえぐられる気がしました。。待って欲しいと嘆願しても、まるで掴めなくてこぼれ落ちてしまう砂のような感覚が伝わります。。せつないですよね。お母様、体調がよければせいらさんのことを思い出してくれる日も時にはあるのでしょうか。せいらさんもお体ご無理なさらないように、お気持ちも沈まないように過ごせるよう、お祈りしています。ラルク名古屋では20周年の夢のようなライブが見れると思います、ご褒美だと思ってこの時はたっぷり浸ってきてくださいね。せいらさんのこと、いつも応援していますからね。秋田のとりあより。
2011/10/25(火) 22:23:30 | URL | とりあ #79D/WHSg[ 編集]
Unknown
せいらさん、どんなに辛くても笑い飛ばすのは遺された者の務めだと私は思うよ。
2011/10/25(火) 21:42:34 | URL | 栄 #79D/WHSg[ 編集]
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